研究課題/領域番号 |
18J20362
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
野本 哲也 大阪大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 低温物性 / 熱容量 / 熱伝導率 / 電荷フラストレーション / 電荷ガラス |
研究実績の概要 |
本年度は、擬二次元三角格子を有するθ-(BEDT-TTF)2X系物質の中でも、幾何学的フラストレーションの比較的強い二物質およびθ-(BEDT-TTF)2I3(I3塩)およびθ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4(CsCo塩)の熱測定を中心に実験を行った。前者は低温で超伝導(Tc=3.5K)、後者はX線回折などから電荷ガラス状態を取ると考えられてきた。 I3塩については極低温での熱容量および熱伝導率を測定した。低温熱伝導率の磁場変化を追跡した結果、フェルミ面上にギャップレスノードを持たないフルギャップ的な磁場依存性を示すことが明らかになった。これは本物質における超伝導が、反強磁性スピン揺らぎ(d波)などとは異なる機構で成立していることを示唆する。CsCo塩については、熱容量が低温で異常な磁場応答性を示すことを発見した。磁場下ではある温度でCo2+によるショットキー比熱の挙動が劇的に変化し、またBEDT-TTF分子上のπ電子の磁気転移と考えられる新たな熱異常も観測された。磁気抵抗効果測定により、電気抵抗が高抵抗状態に変わる磁場とこの熱異常の始点が一致することから、電子状態が磁場によって変化する磁場誘起相転移が存在することが示唆される。実験によって得られた磁場―温度相図から、本物質が磁気的な量子臨界点に位置するという可能性が示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4における磁場誘引性の熱異常の発見は、本物質の低温電子状態が従来考えられていた"電荷ガラス"状態とは本質的に異なっていることを明らかにした。これは電荷ガラスの形成メカニズムに、電荷のフラストレーションとは異なるパラメータが存在している可能性を示すだけでなく、電子の結晶化やガラス化などを磁場によって制御するという新しい展望を提供するものである。電子およびスピンが具体的にどのような状態にあるかは未解明であるものの、熱測定が相転移の検出に有効であることが改めて示された。またθ-(BEDT-TTF)2I3における超伝導ギャップの検出は、代表的な有機超伝導体で観測される反強磁性スピン揺らぎによるd波超伝導とは異なり、電荷揺らぎに誘引される非従来型の超伝導形成機構が存在する可能性を示した。前述の物質と共に、電荷のフラストレーションが強い系においては、他の物質とは異なる特異的な物性や磁場応答が存在することが実験的に明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
今後の課題としては、電荷ガラス形成体の低温電子状態のより正確な姿を調べる目的で、磁場下での輸送能(Seebeck係数)やNMRやESRの再測定などを検討する。また、電荷ガラスの非平衡性に由来する現象(巨大非線形伝導など)が磁場によって変化するかを検証する。θ-(BEDT-TTF)2I3の超伝導については、超伝導ギャップについての知見を得るために、希釈冷凍機温度における角度分解熱伝導測定などを予定している。電荷のフラストレーションに磁場という新たな軸を加えることで、絶縁体から超伝導まで多彩な基底状態を示すθ型物質の統一的な物性理解を目指す。
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