今年度は、前年度に引き続いて①π-d相互作用を有するθ型磁性有機導体の磁場下の物性と②スピン液体候補物質β'-X[Pd(dmit)2]2の熱伝導率に関する研究を中心課題として実験を行った。①に関しては、まず電荷ガラス形成体θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4の単結晶を用いた熱容量測定によって、磁場下において発現する一次相転移のような熱異常および異常なSchottky熱容量の変化の再現性を確認した。また、磁化率、Seebeck係数、熱伝導率などの測定を行い、本物質の磁場誘起相転移の起源について考察した。電荷ガラス内の短距離ドメイン境界に存在する不純物スピンがCo2+の局在スピンと結びついており、磁場印加によって不純物スピンの向きが制約を受けることで電荷分布の再配向が起き、一次相転移が誘因されるという新規なメカニズムを提唱した。②に関しては、対イオンXの違いにより低温で異なる磁気状態を取るβ'-X[Pd(dmit)2]2を対象に、磁気状態と熱伝導率の温度依存性と絶対値について議論を行った。反強磁性長距離秩序を形成する物質では熱伝導率が低温で上昇する典型的な結晶の温度依存性を示すのに対し、スピン液体では高温から単調に減少してプラトーを形成するガラス的な振る舞いを見せることを見出した。冷却依存性やカチオン種などの比較から、このガラス的な振る舞いは不純物や分子配列の乱れ、マイクロクラックなどではなく、電荷とスピンの強い揺らぎと関連したスピン液体物質の持つ普遍的な熱力学的特徴であることが明らかになった。スピン液体を相として安定化させている要因として、内因的な乱れの効果が重要であることを示唆している。
|