前年度まで我々はアミノクマリンの3位にスチレンユニットを導入したπ拡張型クマリン発色団1aを開発し,近赤外領域(700 nm)において855 GMと高い2光子吸収断面積を有することを実験的に確かめていた.一方で,1aを光解離性保護基として用いて安息香酸を保護したケージド安息香酸1bについては,光反応後の生成物分布に励起波長依存性が見出されていた.具体的には,458 nm励起(S0-S1)の際にはクマリン部位と安息香酸を結ぶC-O結合のホモリシス(均一開裂)を経由したラジカル生成物と,ヘテロリシス(不均一開裂)を経由したイオン生成物の両方が観測されるが,355 nm励起(S0-S2)を行った際にはラジカル生成物の割合が大幅に増加することが分かっていた.本年度では,1bの光反応機構を詳細に解明するため,レーザーフラッシュフォトリシス法を用いて1bの励起状態から発生する中間体の捕捉を試みた.1bは,355 nmのレーザーを照射後に420-560 nm付近に吸収帯Ⅰと560-720 nm付近に吸収帯Ⅱと,2つの過渡吸収帯が観測された.吸収帯Ⅰはクマリンと安息香酸を結ぶC-O結合のヘテロリシスによって発生した一重項カルボカチオン中間体由来であることが量子化学計算から予測された.一方で,吸収帯Ⅱについては,クマリン部位から発生する双性イオン中間体に由来することが量子化学計算から予測された.安息香酸部位を持たないクマリン発色団1aのみを励起した際にも560-720 nm付近に過渡吸収帯(Ⅲ)が観測され,Ⅲの減衰寿命に対する溶媒効果を調査したところ,溶媒の求核性が上がるにつれて寿命が短くなることが分かった.さらに,吸収帯Ⅲは極性溶媒中でのみ観測されることから,Ⅲがイオン性を帯びた一重項中間体由来であることが示唆され,量子化学計算から想定された双性イオン中間体の発生を支持する結果となった.
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