研究課題/領域番号 |
18J20503
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
田口 陽大 北海道大学, 農学院, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | トレハロース 6-リン酸 / トレハロース / トレハラーゼ / トレハロースリン酸シンターゼ / トレハロースホスファターゼ |
研究実績の概要 |
トレハロースは二分子のグルコースがα1-α1結合した非還元性二糖である.一般にトレハロースの合成はトレハロース6-リン酸(α-D-Glcp-(α1-α1)-D-Glcp6P)が合成された後,トレハロース6-リン酸のリン酸基が外される二段階の反応を経る.トレハロース6-リン酸は植物の発生や環境応答に対する生理活性物質として働き,トレハロース6-リン酸量の変化は微量であっても植物の生育に影響を与える.トレハロースの分解はトレハラーゼにより行われる.高等植物ではトレハロース6-リン酸の合成・脱リン酸酵素のアイソザイム(一つの生物中で同じ働きを持ちながらも異なる酵素)を複数持ち,トレハロース6-リン酸やトレハロース量は,複雑・高度に制御されると考えられる.本研究では植物においてトレハロース6-リン酸やトレハロース量を調節するトレハロース代謝酵素の生化学的性質を明らかにすることを目的とした.これまで希少化合物であるトレハロース6-リン酸の利用可能量がトレハロース代謝酵素研究の課題であったが,本研究では酵素を用いた糖質変換によりこの課題を克服した.現在シロイヌナズナのトレハロース分解酵素であるトレハラーゼおよびトレハロース6-リン酸の合成・脱リン酸酵素の解析を行っている. トレハロース6-リン酸合成酵素においては,複数の合成酵素アイソザイム同士が複合体を形成して活性調節をすると仮説立てこれを検証している.今年度では合成酵素のうちの一つが複合体を形成していることを確認した. トレハロース6-リン酸脱リン酸酵素においては,諸性質を調べるために組換え酵素の遺伝子クローニングが完了し,生産条件を決定することができた. トレハロースを加水分解する酵素であるトレハラーゼの研究では,今年度は本酵素の結晶構造を明らかにした.植物のトレハラーゼとしては初めての構造である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
トレハロース代謝関連酵素は植物中での発現量が少なく,それを捉えることが難しい.シロイヌナズナより抽出した粗酵素溶液においてシロイヌナズナが持つトレハロースリン酸合成酵素のうちの一つをウェスタンブロッティングにより検出できる条件を見つけた.この手法により本酵素が植物中で700 MDa近い複合体を形成していることをゲル濾過カラムクロマトグラフィーにより確認した.この構成成分を調べることはできなかったが,これを調べるための条件検討を進める予定である. またトレハロース6-リン酸合成酵素の複合体の再現,および脱リン酸酵素の解析のために各遺伝子のクローニングを行なった.11種あるトレハロース6-リン酸合成酵素については9個,10種あるトレハロース6-リン酸脱リン酸酵素については8個の遺伝子のクローニングが完了している. 脱リン酸酵素の性質を明らかにするため,組換え酵素の作製を検討した.そのうちの一つであるAtTPPBについて生産条件を決定した.現在諸性質解析を行っており,順調に研究が進行している. トレハラーゼについてはX線結晶構造を得ることができた.野生型酵素のアポ構造および活性欠失酵素のトレハロースとの複合体構造を得た.植物のトレハラーゼとしては初めての構造である.この構造知見より,本酵素の酸性域における活性化についてその機構を明らかにできるかもしれない.植物変異体の作製には遅れが見られるが,酵素解析自体は順調に進行している.
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今後の研究の推進方策 |
植物体中においてその量が少なく分離が難しいトレハロース代謝酵素であるが,短い時間であればその追跡が可能であった.短時間で分離が可能な共免疫沈降の条件を検討し,複合体の釣り上げを検討している.釣り上げた複合体をトリプシン消化し,LC-MS/MSによりタンパク質の同定を試みる予定である.これにより構成成分を調べ,トレハロース6-リン酸合成酵素の複合体形成を明らかにする.また複合体をin vitroで再現するために合成酵素の無細胞翻訳系の利用を検討している.種々のトレハロース6-リン酸合成酵素をin vitroで共発現させ活性を測定し,高い活性を持つ組み合わせのスクリーニングを行う. トレハロース6-リン酸脱リン酸酵素については各組換え酵素の速度論的解析の続きを行う.種々の糖リン酸に対する反応速度を測定し,また活性の変化に重要な因子や阻害剤のスクリーニングを行う予定である. トレハラーゼについては酸性域における構造を得る予定である.結晶化条件を検討し,想定されるpHの変化による状態変化を実際に観測したい.シロイヌナズナのトレハラーゼにおいてこの特徴的な性質がなぜ生じるかを他のトレハラーゼとの配列および構造比較より明らかにする予定である. 加えてトレハラーゼが生理活性物質であるトレハロース6-リン酸を分解する知見について生理的な意義を持つか調べたい.シロイヌナズナのトレハラーゼ欠損株は気孔閉鎖が見られない.トレハラーゼは気孔の孔辺細胞に局在するためトレハラーゼがトレハロース6-リン酸量を条件特異的に調節することが気孔閉鎖に寄与する可能性がある.シロイヌナズナのトレハラーゼ欠損株を,トレハロース6-リン酸に対する活性が弱い変異酵素やトレハロース分解活性を欠失したトレハラーゼ変異酵素の遺伝子により相補し,気孔閉鎖が起こるか確認する.現在相補株の作製中である.
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