研究課題/領域番号 |
18J20565
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
時枝 正明 東北大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 原子核反応 / 原子核融合 / ランジュバン模型 / 量子トンネル効果 / 量子開放系 / 量子散逸系の階層方程式 / 影響汎関数 / 時間相関関数 |
研究実績の概要 |
以下に述べる三点の事を主に行った。 1. 昨年度末より検討を開始したカルデラ・レゲット模型の数値計算法について、新たな演算子の組を発見し、それがボゾンの交換関係を満たす事、及び有限個のそれらにより有限時間発展を完全に記述できる事を明らかにした。この方法によると、カルデラ・レゲット模型における環境の時間発展は、模型内パラメータと時刻の積で決まる部分空間に限られており、その部分空間が時間経過と共に拡大していくという過程を経る。この事は数値計算法としても有用であり、従来の方法は縮約密度行列の計算に限られていたのに対し、この方法では全波動関数及び二時間縮約密度行列を同程度の数値計算コストで求める事ができる。 2. 上述した方法を一次元障壁透過問題へ応用した。チャネル結合を含む障壁透過問題において、全透過率を二時間縮約密度行列により計算する方法を開発し、揺動散逸が伴う量子トンネル確率を計算した。更に、相対座標について古典極限を取った半古典計算も行った。計算の結果、環境との結合が弱い場合量子、半古典計算による全透過率は大きくずれるのに対し、結合が強くなると値が近付いていく様子が見られた。量子計算には揺動力と相対運動の量子揺らぎが含まれており、半古典計算には前者のみ含まれている。この事から、結合が強くなると揺動力が支配的となり、相対運動の量子揺らぎの影響が相対的に小さくなるため、量子、半古典計算の結果に大きな差異が見られなくなる事を指摘した。 3. カルデラ・レゲット模型において、環境の情報は時間相関関数により表されるため、核反応へ応用する際、揺動散逸の微視的起源である核子運動を考慮した時間相関関数が必要となる。核分裂の線形応答的取り扱いにおいて同様の計算は既に行われており、先行研究の論文著者と方法論や自身の問題意識に関して議論をした。その結果、二体力の適切な取り扱いの重要性が明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
カルデラ・レゲット模型の数値計算法に関して、予想以上に理解を深める事ができた。それは、その方法の適用範囲を広げる事にも繋がり、また量子系の時間発展の一般論としても新たな知見が得られたと感じている。更に、一次元障壁透過問題への応用も順調に進んだ。現在までに、三次元散乱問題に関する方法論も確立しており、本研究課題の一つの目的である古典ランジュバン法の量子版モデルを構築する事については、その数値計算法も含め十分な手応えを感じている。これらについて、進捗状況は当初の計画以上に進展していると評価する。 一方で、揺動散逸係数の微視的導出には手こずっている現状がある。これは、原子核中の核子運動の情報を必要とする構造計算そのものである。ところが、重い原子核の構造計算で通常使われる近似法が今回開発している反応理論と相性が悪い事が明らかになった。数値計算を実行可能にするためには、どこかで大胆な近似を導入しなければならず、妥当な解法にまだ辿り着けていない。この点について、進捗状況はやや遅れていると評価する。 以上を総合的に評価し、おおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
1. 原子核反応における揺動散逸の機構を微視的に記述する。カルデラ・レゲット模型では、環境の情報は全て時間相関関数に含まれる。すなわち、古典極限を取りランジュバン方程式を導くと、摩擦の強さといった輸送係数は時間相関関数によって決まる。従って、核反応へ応用するためには、揺動散逸の微視的起源である核子運動を考慮した時間相関関数を計算する必要がある。核子運動の具体的な中身としては、核子移行や1粒子的励起が重要である事が示唆されており、それら過程の形状因子を用いて時間相関関数を計算する必要がある。歪曲波ボルン近似に基づいた形状因子の計算法は既に確立しており、その手法を応用したいと考えている。 また、先行研究における核反応計算は現象論的考察より導かれる輸送係数を使っており、実験結果を説明する事に成功している。そのような現象論的輸送係数と時間相関関数の間に関係を見出す事は先行研究との繋がりを理解する上で重要であり、これに取り組みたいと考えている。 2. 障壁透過問題に関して量子開放系の観点から理解を深める。これまで、重イオン反応の解析に古典ランジュバン法が用いられてきたが、原子核の記述に古典論を応用してよいかという点はまだ明確な回答がない。一つの視点として、複雑な内部自由度との結合が集団運動の量子デコヒーレンスを引き起こし、古典化が起きているという解釈がある。こうした量子開放系の観点から、障壁透過問題のダイナミクスを理解したいと考えている。
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