本研究は、酸味あるいは塩味感受性に影響を及ぼす薬剤及びその標的分子を同定し、薬剤性味覚障害発症の分子基盤を解明することを目的とする。昨年度までに味蕾オルガノイドを用いた薬剤スクリーニングによって、抗不整脈薬フレカイニドが味細胞に何らかの影響を及ぼすこと、フレカイニド腹腔内投与マウスを用いた味行動応答試験において、酸味が増強される可能性を見出した。 今年度は、舌前方部の味覚を支配する鼓索神経応答について、フレカイニドの単回投与による影響を詳細に調べた。投与量は前述の味行動応答実験で酸味への影響が確認されたものと同量を用いた。麻酔下のマウスにおいて、フレカイニド腹腔内投与前後の鼓索神経全線維束の積分波形を記録し、種々の味溶液に対する神経応答の変化を継時的に観察した。その結果、対照群と比較してフレカイニド群では、投与30分後に塩酸(酸味)に対する神経応答の有意な増強を認めた。一方、スクロース(甘味)、および塩化ナトリウム(塩味)ではこのような変化は見られなかった。 以上の味行動応答および味神経応答のin vivo実験結果から、フレカイニドが酸味増強作用を有する可能性が見出された。これらの分子メカニズムを明らかにするため、酸味受容体の関与に着目した。酸味受容体であるプロトン選択性イオンチャネルOtopetrin-1 (Otop1)の全長ORFをマウスの腎臓から遺伝子クローニングし、一過的強制発現HEK293T細胞を作製した。Otop1活性は膜電位アッセイキットを用いて継時的に観察した。その結果、酸味溶液にフレカイニドを混合添加した群は、混合しない群と比較して、Otop1活性が有意に増強した。 これらの結果から、フレカイニドがOtop1に作用し、酸味細胞における酸味物質に対する応答を選択的に増強する可能性が示唆された。
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