研究課題
本年度は,まず初めに昨年度に引き続き高・中エントロピー合金の強化機構に関する研究に取り組んだ.高・中エントロピー合金はほぼ等原子量の比率で複数の元素を混合してつくられるため,各原子サイトに異なる元素がランダムに配置された原子レベルで不均一性の高い合金である.昨年度は,面心立方(FCC)構造を有する高・中エントロピー合金の強度と原子レベルの不均一性に強い相関があることを実験的に見出した.しかしながら,そのなかでも(1)原子サイズミスフィット(固溶原子のサイズ差に起因した弾性場と結晶の変形を担う転位の弾性場の相互作用)の効果と(2)短配位規則化の効果の寄与を明確に分離することが出来ていなかったため,(1)と(2)のどちらが支配的な因子なのかが不明であった.そこで今年度は,理論計算を専門とするスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のグループと共同研究を行い,FCC構造の高・中エントロピー合金の中でも特に強度の高いCoCrNi合金で(1)と(2)のどちらが支配的な因子かを明らかにした.特別研究員らは,放射光X線回折や電子顕微鏡等を用いてCoCrNi合金の原子サイズミスフィットを精密に測定し,そのデータをもとにEPFLのグループが理論計算を行った.その結果,CoCrNi合金の強度は(1)原子サイズミスフィットのみで定量的に説明することが可能であり,(2)短配位規則化の効果は非常に小さいことが明らかとなった.この成果はNature Communicationsに掲載されることが決まっている.以上の研究の他に特別研究員らは,高・中エントロピー合金の中でも高い強度を有するCoCrNi合金において,Co量を変化させることにより,材料の積層欠陥エネルギーが変化し,変形中に変形双晶の形成と変形誘起マルテンサイト変態が発現することで高い加工硬化能を示すことを明らかにした.
1: 当初の計画以上に進展している
2019年度は,当初計画に沿った研究を遂行して成果を得るとともに、国内外の研究グループとの共同研究を通じて当初の計画以上の研究の進展を見せた.特に,スイス連邦工科大学ローザンヌ校のグループとの共同研究を通じて,高エントロピー合金(High Entropy Alloys: HEA)および中エントロピー合金(Medium Entropy Alloys: MEA)において近年議論の続いている,短範囲規則構造(Short Range Order: SRO)が機械的強度にどのように寄与しているかという問題への解の一つを定量的に示すことが出来たことは,非常に重要な成果である.この成果が高インパクトジャーナルであるNature Communications誌への掲載が決定したことは,成果の重要性を裏付けるものである.この加え,2019年度は国際学術雑誌論文を5編出版することが出来た.
今年度は,高・中エントロピー合金の変形・加工硬化メカニズムの解明に取り組む.その後,1年目と同様に加工熱処理により完全再結晶組織を有するHEA,MEA試料を作成する.その後,試料を変形させ,所属機関保有の高分解能電子顕微鏡を用いて変形組織の観察を行う.同時に,SPring-8やJ-PARCといった大型加速器施設にて,その場回折実験を行うことで,HEA,MEA試料の変形に伴う内部の格子欠陥の発達を定量的に評価する.さらに,実験結果からHEA,MEAの変形メカニズムについて考察する.また,これまでに得られた実験結果を総括し,HEA,MEAといった高濃度固溶体合金の本質的特徴を統一的に理解するための理論構築を行う.本研究で系統的に得られたデータを様々な関連パラメータとともに整理することで,これまで知られていなかった相関関係を見出す.最後に,高濃度固溶体合金の本質的特徴を統一的に理解するための新しい理論モデルを作り上げる.本研究課題で得られた成果を世界に発信し,他の研究者と多くの議論を行うために国内外の複数の会議で発表するほか,成果をまとめ,国際論文誌に発表する.
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (6件) 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 4件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 6件、 招待講演 1件)
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