研究課題/領域番号 |
18J20780
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
白 怜士 慶應義塾大学, 理工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | スピントロニクス / スピン軌道トルク / Rashba電子系 |
研究実績の概要 |
本研究の目的はスピントロニクス分野において,応用上重要なだけでなく物理的にも興味深い電流からスピン軌道トルクが生成されるメカニズムの理解であり,特に最近になって多く報告がなされている常磁性体金属の酸化および酸素注入によるスピン軌道トルク生成効率の顕著な増大に秘められた原理を解明することである.スピン軌道トルクは,物理現象として興味深いだけでなくそれを用いることでコイルなどを使用せずに記憶素子に電流を流すだけで微小領域の磁化を制御できることから新しい磁気抵抗メモリの動作原理として注目されている.そこで重要なのが効率的な電流からのスピン軌道トルクの生成である. その実現によってさらなる省エネルギー化や素子の微小化が期待されている.近年そのスピン軌道トルクの生成効率が常磁性体の酸化によって増大する可能性が報告されている.しかし未だにその詳細な増大メカニズムは理解されていない.そこで本研究ではパラジウム(Pd)の酸化に注目し,その酸化度を系統的に変化させスピン軌道トルク生成効率がどのような振る舞いをするかを詳しく調査した. また常磁性体の酸化に関連して,それに隣接する強磁性体薄膜の酸化によってスピントルク生成は影響を受けると考えられる.そこで強磁性体表面を人工的に酸化させることによって常磁性体から強磁性体へのスピントルクの受け渡しがどのように影響を受けるかを調べた.それに並行して自己組織化単分子膜(self-assembled monolayer : SAM)という有機分子を用いることによって白金表面の電流-スピン軌道トルク変換を制御する実験に成功し,それによって白金表面にあるRashba効果の存在を裏付ける結果を得た.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
酸化度の制御したパラジウム(Pd)酸化物薄膜とニッケル鉄合金(Py)を用いた二層薄膜におけるスピントルク強磁性共鳴により定量したスピン軌道トルクの生成効率からPdの酸化度に対するスピントルクの相関を求めた.酸化度を増大していくとPdとPy界面のスピントルク生成に対する寄与が減少していくことがわかった.これは他の酸化物とは異なる結果であり,酸化によるスピントルク生成に対する寄与が常磁性体の電子構造に大きく依存していることがわかった. 強磁性体の酸化についての研究は,強磁性体としてPyとコバルト(Co)を選び,それらを大気中で酸化させた後に白金(Pt)薄膜を成膜した試料を用いて,強磁性体の酸化とスピントルクの関係について調べた.この結果,強磁性体の種類によって酸化によるスピントルクの変化の振る舞いが異なることが分かった.酸化させていない試料と比較して,Coはスピントルクが増大した一方でPyではスピントルクが減少した.この結果は論文誌に投稿し査読中である. SAMによるPt表面のスピントルク生成効率の制御の研究では,SAMによってPt表面の電子構造を変化させ,その時のスピントルク生成効率について調べたものである. SAMはその種類によって分子内の分極方向が決まっており,本研究ではその分極方向が異なったものを使用し,金属表面に存在する電子が感じる有効的な電場が互いに逆方向である状況を実現した.そしてSAMの種類によってスピントルク生成がSAMを形成していない試料と比べて片方が増大し,もう片方が減少する結果を得た.これは理論研究で示唆されていた白金表面のRashba電子系によるスピントルクであることが推測できたため,それを第一原理計算によってSAMによる表面の電子系の変化を計算しスピントルクと同じ変化を再現する結果を得て,Physical Review Appliedに受理された.
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今後の研究の推進方策 |
スピントルクが常磁性体の酸化によって増大するのは界面の寄与が大きいことが分かってきた.そこで物質全体の酸化だけでなく,界面における酸素の存在の重要性をさらに探索する. 強磁性体薄膜の磁気異方性の制御においては何年も前から酸素の重要性について研究がされてきているので,その異方性との関係などについても研究を進める. 昨年度の研究結果から常磁性体と強磁性体の界面に存在する強磁性体の酸化物によって,常磁性体から強磁性体に与えられるスピントルクがその強磁性体の種類によって劇的に影響を受けることがわかった.そこで強磁性体の酸化をコントロールし,スピントルクの変化に最も寄与している酸化物の特性を理解するために詳細に調べる予定である.さらに酸化をゲートによって制御可能であることは様々な研究で報告されているため,電気的にデバイス内の酸化を調整することによってもそのメカニズムについて研究を行う予定である.
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