本研究の目的は,電流から常磁性金属中のスピン軌道相互作用を介して磁化に与えられるスピン軌道トルクの生成メカニズムの解明であり,特に酸素や炭素などの軽元素が常磁性体金属中のスピン軌道トルク生成に与える影響を調べることであった.スピン軌道トルクはスピントロニクス分野において物理的にも興味深い現象なだけでなく,工学的な応用として磁気メモリ素子の磁化操作の技術としても注目されており,この研究によって省エネルギーデバイスへの寄与が期待される. 本研究の実績として以下の3つが挙げられる.1つ目に,常磁性体と強磁性体の界面における酸化物がスピントルク生成に与える影響も調べ,酸化物の種類によってその影響が顕著に異なることを明らかにした.強磁性体としてCo及びNiFeを選択し,それぞれの表面を大気暴露させることで酸化させた上にPtを成膜してデバイスを作製した.Coでは界面のスピン軌道相互作用が支配的である一方で,NiFeでは界面のスピン透過率が重要な役割を担っていることを明らかにした.2つ目として酸素を導入したPd薄膜におけるスピン軌道トルク生成の定量を通して,電流-スピン流変換において重要なスピンHall効果の不純物に対する振る舞いを系統的に調べた.これによりPd中のスピンHall効果を律速する緩和メカニズムに関して,酸素導入によるPd中の緩和時間の減少に伴ってバンド間励起が支配的な領域から伝導中の散乱が支配的な領域へのクロスオーバーを観測した.さらに3つ目として,イオン分子で構成される液体の塩であり固体絶縁体と比較して大きい誘電率をもつイオン液体を用いて強磁性体金属をエッチングし厚さを薄くすることで,単一の試料でスピン軌道トルク生成効率の強磁性体膜厚依存性を測定する方法を確立した.この方法によって試料間の誤差を考慮せずに,電流-スピン流変換現象の定量を可能にした.
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