研究課題/領域番号 |
18J20887
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
永海 貴識 大阪大学, 基礎工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | シングレットフィッション / 非線形光学 / 一重項分裂 / ジラジカル / 開殻一重項 / 振電相互作用 / 交換積分 |
研究実績の概要 |
シングレットフィッション(SF)は、光照射により生成した1つの一重項励起子が、2つの三重項励起子に分裂するという現象である。近年、SF発現後に顕著な非線形光学(NLO)現象を起こす実験例が報告され、SFの新応用例としての可能性が示唆された。本研究では、このSF-induced-NLO現象の機構を量子化学計算および量子ダイナミクスの手法を用いて理論的に解明し、得られた知見をもとにより高効率なSF-induced-NLO物質の設計指針を提案することを目標とする。 本年度はSF-induced-NLO現象のうち、(i)SF過程での振電相互作用の効果の理論的解明、(ii)新たな設計原理に基づく新奇SF分子の設計に関して研究を遂行した。(i)に関しては、結晶中二量体SFエキシトン状態の振電相互作用に関する計算手法策定および空間密度解析による分子構造レベルでの起源解明を試みた。今年度に見出した計算手法によって、妥当な計算コストで振電相互作用が計算可能であることが示された。また、エキシトン状態および分子間配向に依存した振電相互作用スペクトルが得られることが判明し、密度解析を通じて分子間振動モード・電子状態の空間的寄与の重要性が示唆された。 (ii)に関しては、開殻性の指標であるジラジカル因子および局在化自然軌道基底交換積分をあらわに取り入れたSF分子設計指針を構築した。その指針に基づいてホウ素・窒素による多重ヘテロ元素置換したアントラセン分子を理論設計し、複数の置換体においてSFに必須の励起エネルギー条件を満たし得ることが示され、新奇SF分子候補を見出すことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
従来、粗い単量体近似モデルで算出された振電相互作用パラメータがSFダイナミクスに用いられてきたが、本年度の取り組みによって、様々な分子系へと適用できる汎用的な多量体振電相互作用算出法および解析法が示されたため、後のダイナミクスへの展開に繋がる知見が得られたと言える。前年度までは二量体以上の基準振動が考慮されることなく、かつ計算コストの高い一電子行列法を用いて振電相互作用を計算していたが、今年度の研究によって、結晶中任意の二量体以上の配置にて基準振動を求め、かつ計算コストを抑えた計算手法を適用できたことから、物理的意味も含め、手法の妥当性が向上したと言える。年度当初計画ではダイナミクスシミュレーションの完遂までを予定していたものの、上述の振電相互作用の問題点に関する議論が混み入ったため、ダイナミクスに関してはまとまった議論ができるまでには至らなかった。 新奇SF分子設計については、年度当初に予定していなかったものの、まとまった成果にすることができ、想定以上の進展と言える。明朗な設計原理が新たに示され、かつ適用範囲が広いことから、SF研究分野へのインパクトは大きいと期待できる。また、多重ヘテロ置換によって遷移モーメントが顕著に増大することが新たに判明し、光吸収やNLO現象そのものの増大効果も見込まれ、最終的なSF-induced-NLO分子の設計にも知見の応用が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、(iii)単分子レベルでのSF-induced-NLO候補分子の探索、(iv)分子間配置の制御を中心に研究し、最終的なSF-induced-NLO分子設計に繋げる予定である。 (iii)SF-induced-NLOが発現するには、まずSFを高効率に起こす必要があり、励起エネルギーの制御が重要である。加えて、SFおよびNLO現象においては、光吸収において高い光子密度を示す分子が望ましい。前年度までの研究(ii)から、多重ヘテロ元素置換によって適度に開殻性が付与された分子では、上記エネルギー条件を満たしつつ高い光子密度を示す可能性が示唆されている。その知見に基づいた検討を継続・発展させ、より多くのSF-induced-NLO候補分子を提案する。 (iv)光応答デバイスへの応用を考えた時、SF-induced-NLO分子はその固相(結晶)が用いられることが想定される。結晶などの分子集合系におけるSFおよびNLO現象の効率は、色素配置に大きく依存することが近年の我々の研究から明らかになっている。そこで、(iii)で見出した候補分子を用いて、SF・NLO効率の分子間配置依存性を検討する。具体的には、分子間配置の同定からスタートし、我々が近年提案している電子カップリング、(i)での振電相互作用、NLO物性の計算法を援用することで検証する。NLO物性に関しては、近年我々が提案した手法に基づき、SFによって生じる複数のスピン状態を考慮し、種々の配向について算出する。
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