自閉スペクトラム症 (ASD) についてはアイコンタクトや共同注意の欠陥が報告されているが、アイトラッカーを使用した実験場面ではその報告に一貫性がない。そこで発達のメカニズムを明らかにするために、まずASD児のアイコンタクトについて仮説探索的な実験を行なった。ASD児14名 (発達年齢25ヶ月) と定型発達児13名を対象に3つのエージェントの顔 (線画、パペット、ヒト) を提示し、目や口といった顔の部位についての注視時間のデータを取得した。次に3つのエージェントの顔の部位 (目、口) についてサリエンシーマップを算出した。顔の部位のサリエンシーは、線画の顔では目=口 (目と口が同程度に顕著)、パペットの顔では目>口 (口よりも目の方が顕著)、ヒトの顔では目<口 (目よりも口の方が顕著) であった。目と口が同程度にサリエントな線画の顔において、ASD児は目と口を同程度に見た。さらに口よりも目の方がサリエントなパペットの顔においても、ASD児は口よりも目を見た。つまり線画の顔とパペットの顔についてはASD児はサリエントな顔の部位に注意が向いており、そのメカニズムとしてASD児におけるボトムアップ性注意の優位性と解釈できた。しかし目よりも口の方がサリエントなヒトの顔において、ASD児は目と口を同程度に見た。ヒトの顔においてはボトムアップ性注意が優位には働かなかったと解釈できた。一方TD児においては、全てのエージェントの顔において目も口も同程度に見ており、ボトムアップ性注意とトップダウン性注意が相互に働いている可能性がある。ASD児においては、ボトムアップ性注意とトップダウン性注意の相互作用に何らかのバイアスがあり、現象的にはアイコンタクトが見られても単に目という顔の部位のサリエンシーに起因する可能性がある。共同注意についても同様の発達メカニズムが想定されるのかどうか研究中である。
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