研究課題/領域番号 |
18J21345
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
杉浦 健太 慶應義塾大学, 理工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | クマムシ / フェロモン / 微形態 / 受精 / 生殖 |
研究実績の概要 |
我々が報告したクマムシの交尾行動の観察より、有性生殖を行うクマムシではメスからオスを誘引するフェロモンが分泌されている可能性が示唆された。昨年度確立したアッセイ系を用い、本年度はメス飼育液の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)並びに質量分析(LC-MS)を用いてフェロモンの単離と構造決定を目指した。HPLC によって得られた画分の活性を構築したアッセイ系にて評価したところ、顕著に高い活性を示す画分が得られ、当該画分を LC-MS によって分析した。LC-MS の結果より複数の分子構造が推定でき、順次クマムシに対してアッセイを試みている。 我々が行った雌雄別のトランスクリプトーム解析を再解析し、同種の CDS 配列へとマッピングを行った。雌雄間で顕著に発現量差のある遺伝子をピックアップしゲノム上での領域を確認したところ、オスで発現量の高い遺伝子が集中する領域を見出した。当該領域に対し、雌雄間で PCR にてゲノム量の定量、また染色体に対する in situ hybridization を遂行している。 排卵直後の卵を電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、表面に精子が付着していた。またこの精子はアクロソームが卵内部へ嵌入しており、クマムシにおける初の接合子の観察に成功した。さらに卵表面に付着した精子は尾部を欠損しており、メス体内で貯蔵されている間に尾部の収縮が起きていることを明らかにした。 日本各地でコケをサンプリングしクマムシを溶出させたところ、北海道と沖縄を除く本州、四国、九州地方よりショウナイチョウメイムシ(Macrobiotus shonaicus)を採取することができた。本研究は論文化し、国際論文誌に受理された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の計画はまず、雌雄両配偶子の形態観察と運動解析を行う計画であったが、その過程で両配偶子が結合し受精に至るまでの段階である接合子の観察に初めて成功し、論文として投稿中である。また精子の動態を観察するための手法確立に成功し、以降の実験を大きく進行させた。 性決定因子同定のためのトランスクリプトーム比較では、新たに発現量の定量を行い、より信頼性の高いデータの作成を行うことができた。雌雄ゲノム比較を良好で、現在解析中である。 オス誘引フェロモンの同定には至らなかったものの、性フェロモンのアッセイ系の確立を行い、ある程度まで活性物質の物性を明らかにすることができた。特に本年は活性物質が誘引活性物質と興奮活性物質の2種類に分けられている可能性を示唆し、複数の学会にて発表した。 研究遂行中に付随的に、日本各地でショウナイチョウメイムシが分布していることを明らかにした。DNAマーカーによる解析と、形態比較、また生殖隔離が起きていないことからショウナイチョウメイムシであることを証明し、国際学術論文誌Zootaxaに受理された。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は昨年度までの研究に加え、新たに2つ研究実施を計画している。 クマムシの射精された精子は、水中に放出されるという特性から非侵襲的に、また実際に受精に向かう精子の観察が可能である。この利点を活かし、クマムシの精子をハイスピードカメラで撮影、鞭毛と頭部の波形を定量化することで、精子動態を詳細に明らかにする。またオスから放精された精子の軌跡を取得することで、クマムシ精子の遊泳行動を網羅的に明らかにする。 クマムシは精子を一度水中に放精するなど、他の生物と比較してユニークな生殖行動をとるが、これらの交尾行動は生殖隔離を明確に引き起こすには非合理的である。そこで本年度は近縁種のクマムシとの交配実験を遂行し、その交尾行動を詳細に観察する。クマムシの交尾行動は求愛と射精、産卵の3ステップに大きく分けられるが、交配実験によりどのステップで種の隔離が起きているかを明らかにする。求愛、射精ステップであれば、申請者がこれまで単離を試みてきた性フェロモンの構造差である可能性が強く示唆される。一方で産卵を行わない場合はメス体内で精子がセレクションされている可能性が示唆される。生殖隔離は種を規定する現象であり、この解明はクマムシの生殖メカニズムを解明する上で必須である。 また、現在までの研究の完遂を目指し、雌雄でのトランスクリプトーム比較から得られたデータをまとめ、クマムシ性決定メカニズム解明の足がかりとなるデータとして発表する。加えてクマムシ性フェロモンの構造決定を目指し、活性画分をさらに絞り込む。得られたデータ、及び確立した実験系をまとめ、論文として発表する。
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