研究課題
本研究では「d電子系強相関薄膜・へテロ構造における新奇量子相の開拓」という研究題目のもとエピタキシャル薄膜をベースにヘテロ構造・ゲートデバイスを作製し、新奇量子相を開拓することを目的とする。平成30年度は、申請書に記載した研究計画に従い分子線エピタキシー法を用いて層状カルコゲナイド薄膜を作製し、低次元物性を探索した。層状カルコゲナイドはグラフェンと同様のファンデアワールス層状物質であり、その結晶構造の強い二次元性から良質な低次元物性が発現することが近年大きな注目を集めている。これまでは機械的な剥離法による層状カルコゲナイドの超薄膜作製が主なアプローチであったが、本研究では分子線エピタキシー法による超薄膜作製という独自のアプローチによって二次元物性のエンジニアリングに迫った。具体的に以下に述べる。①エピタキシャルな結晶成長の利点として、基板による格子ひずみを用いた物性の変調がある。本研究ではこれをTaSe2薄膜に適用した。通常のエピタキシャル成長で印加できる格子ひずみは1%程度であり、それ以上の格子ひずみでは結晶成長が損なわれてしまうが、TaSe2薄膜においては結晶性を損なうことなく4%の巨大な格子ひずみを与えることができた。これは本研究における薄膜成長が一般的なエピタキシャル成長ではなく、ファンデアワールス・エピタキシーという特殊なメカニズムに基づいていることによる。また、その結果としてTaSe2の超伝導異方性を大幅に増大させることに成功した。②分子線エピタキシー法は異なる物質を積層させ界面を作製することに非常に適している。本研究では、独特な結晶構造とそれに起因するスピン軌道相互作用を持つNbSe2と二次元磁性体V5Se8を接合させ、全く新しい磁性制御の手法を示すことに成功した。この結果は対称性制御が強磁性変調へのアプローチとして非常に有力であることを示したという点で興味深い。
1: 当初の計画以上に進展している
平成30年度の計画では銅酸化物高温超電導体と層状カルコゲナイドの二種類の物質を研究対象に据えていたが、申請者は上記「研究実績の概要」に報告したように、主に層状カルコゲナイドを対象とした研究に注力し申請書に記載した研究計画に従って研究を遂行した。予定していたスケジュールでは二次元超伝導・二次元磁性体薄膜の作製とその物性探索を挙げていたが、今年度はそれらを実現しただけではなく、加えて基板-薄膜界面や異なる物質の薄膜-薄膜界面を用いた物性変調において予想を超える結果が得られている。そしてこれらの結果は、機械的な剥離法が主なアプローチとして席巻している当分野において、本研究が分子線エピタキシー法による層状カルコゲナイド薄膜作製という独自なアプローチによってその独自性を生かした新奇な物性開拓に成功したことを意味している。以上の結論を以て、計画以上に研究が進展したと評価する。平成30年度の実験結果は国内外の学会にて報告してきた。また、この研究課題で得られた結果を、出来る限り論文および学会で報告する予定である。また、銅酸化物高温超電導体を対象とした研究は論文で出版済みである。さらに、本研究成果を利用した共同研究が申請者と他の研究グループとの間で開始された。
上記「研究実績の概要」および「現在までの進捗状況」で報告したように、平成30年度は順調に研究を進めることができ、予想していた以上の成果を達成することができた。特に大きな成果としては、分子線エピタキシー法による層状カルコゲナイド薄膜の作製を通じて薄膜-基板間や薄膜-薄膜間の良質な界面が形成でき、そこにおいて新奇な物性が開拓できることを示したことが挙げられる。これは層状カルコゲナイドが極めて強い結晶の二次元性を有しており、格子の不整合によって結晶性が損なわれることなく界面が形成できることを反映している。今後の研究では、この界面形成による物性探索を推し進めていく予定である。特に、本研究では種々の二次元超伝導体や二次元磁性体を得ることに成功しており、それらの組み合わせによって自由度の高い物性開拓を行う予定である。例えば、NbSe2のスピン軌道相互作用が強磁性を劇的な変調させることが明らかになったが、対象を金属強磁性薄膜などに変えるとより応用に即した研究が可能となる。さらに、強磁性だけでなく反強磁性などに与える影響を探索することも予定している。また、平成30年度において得られた結果はさらに論文および学会で報告したいと考えている。
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Physical Review B
巻: 98 ページ: 144506
https://doi.org/10.1103/PhysRevB.98.144506