研究課題/領域番号 |
18J21643
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
小松 誠 筑波大学, 人間総合科学研究科, 特別研究員(DC1)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
|
キーワード | 美術史 / 古典考古学 / アテナイ / アクロポリス / 奉納物 / 神話 |
研究実績の概要 |
この研究は、前6世紀から前5世紀の古代ギリシアの都市国家(ポリス)アテナイの聖域アクロポリスに公費で設置された奉納物と私費で設置された奉納物の宗教的・社会的性格の違いを、神話上の出来事を表現する群像彫刻の分析を通じて、美術史学的視座から検討することを目的としている。 A. E. Raubitschekの研究では、奉納者が私人である場合には私的奉納物とされ、奉納者が公職者、何らかのデモス、そしてポリスである場合には公的奉納物とされた。つまり両者の違いは奉納者であり、財源であったと言える。私的奉納物は全体の95%以上を占める。 報告者は、先行研究において述べられるように、奉納物の台座の碑文からではなく、奉納物に表現された主題(例えばアテナイの伝説上の英雄たちの戦いなど)からも私的・公的奉納物を見分けることができたのではないかと考えている。 この問題を検討するために、本年度は以下の2つの手順を実行した。はじめに、アルカイック時代のアクロポリスとそこでの祭祀に関する基礎文献、古代の著述家の文献、そして碑文など、本研究の基礎となる資料の整理を行った。次に、前600年から前480年の間に、アテナイのアクロポリスに設置された全8点の神話を主題とする彫刻および浮彫の検討を行った。これらの8点は、表現されている主題によって2つに大別できる。つまり、聖域の主神アテナが敵を倒す神話(ギガントマキア神話)とアテナの庇護を受けて活躍した英雄たちの神話(アキレウスやアイアスの神話やテセウス神話)である。既存の考古学的証拠や文献資料から、これらの記念物の奉納動機や主題の選択理由の考察を試みた。とりわけ、女神アテナの庇護を受ける英雄たちの神話の分析から、国費で設置された、神話を主題とする奉納物と私費で設置された神話を主題とする奉納物では、その奉納動機に応じて表現される神話や英雄に違いがあった可能性が浮上した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
[研究基盤の構築] 平成30年度は予定通りに、研究基盤の構築と前480年までに設置された当該彫刻群に関して分析を進めることができた。ただ、当初の予想と異なり、神話を表している場合であっても、個人が奉納したと考えられる事例が確認された。したがって、どのような神話および英雄の像が公的奉納物に選択され、どの神話と英雄が私的奉納物に選択されたのかを、詳しく検討している。 [在外研究] ギリシア共和国において研究調査旅行を行い、本研究に必要な研究資料の収集を行った。さらに、当初予定していたボン大学から予定を変更してフライブルク大学での在外研究を継続している。在外研究によって、この領域をリードする研究者から申請者の研究、とりわけ奉納物の検討方法について重要な助言を得ることができた。そして、この大学の優れた設備を利用して、奉納物が設置された聖域と奉納物そのものに対する考古学的知見とそれらに関する文献資料の読解を進めている。 [研究成果の公表] 9月に開かれた会議において、前述の神話を表す奉納物について報告した。残念ながら、今年度の研究成果の全てを年度内に発表することは叶わなかったため、その一部を2019年度に開催される美術史学会全国大会の口頭発表(受理済)で発表する予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
今後も、当初の計画の通りにアテナイ・アクロポリスに奉納された神話を主題とする奉納物について研究を継続する。2019年度は前480年から前430年頃に設置された奉納物を検討する予定である。当該彫刻群を検討するにあたり、同時代の詩人(フェレキュデスなど)が残した神話への言及、パルテノン神殿など宗教建築物の装飾彫刻として表現された神話の場面、さらに同時代にアテナイで制作された神話を表す陶器にも視野を広げて研究を進める予定である。 また、アクロポリスはこの時代にかけて大きな変化を遂げている。アルカイック時代のアクロポリスにおいては、庶民の奉納物の設置も確認されるが、貴族による奉納物が目立つ。この時代のアクロポリスの奉納物は女神アテナの彫像やコレー像と呼ばれる少女の像が一般的であった。だが、前507年にアテナイでは民主制が成立すると、民主制に言及する公的奉納物がここにも設置されるようになった。だが、前480年にアクロポリスはペルシア軍によって攻撃され、神殿や周囲の奉納物が大きく被害を受けた。これ以降、コレー像の設置は確認されず、かわりに競技大会の優勝者が奉納した自らの肖像や国費で設置された戦勝記念モニュメント、それに神話の特定の場面を表す奉納物が増加する。さらに、キモンやペリクレスが活躍した時代に入ると、アクロポリスは民主制都市国家の国威発揚の場として改造されていく。こうしたアクロポリスの文脈を踏まえると、アルカイック時代と古典時代では、奉納物の主題となる神話やそれを表すための図像の選択基準は少なからず異なっていただろうと推察される。したがって、アクロポリスの改造という文脈のなかで、当該彫刻群を捉え直すことを計画している。 これらの検討の結果を、学会発表や論文投稿によって報告していきたい。
|