視床下部のオレキシン(ORX)神経は覚醒の維持に重要とされているが、その活動の調節様式は十分わかっていない。昨年度までに、脳スライス標本でORX神経活動を細胞内カルシウムイオン(Ca2+)濃度の変化として測定し、ドーパミン(DA: 100 μM)を2分間投与すると、D1受容体(D1R)を介してCa2+濃度が1時間以上持続的に上昇することを、ゲノム編集法によりD1Rをノックアウト(KO)して明らかにした。しかしゲノム編集法では、他の遺伝子に非特異的な影響を及ぼす可能性があった。 そこで本年度は特異性を保証するため、組換え酵素Cre依存的にD1RをKO可能なD1-floxマウスを用いて実験を行った。当初予定した、アデノ随伴ウイルスベクターによりORX神経特異的にCreを発現させてD1RのKOを行う方法では、微量のCreが非特異的に発現する場合があった。そこで視床下部外側野でCreを発現させてD1RをKOし、ORX神経Ca2+濃度変化を調べた。その結果、D1RのKOによってDA投与時のCa2+濃度の持続的な上昇が抑制されたことから、確かに視床下部のD1Rが反応に関与することを解明した。本成果は、生理活性物質の神経活動に対する長期的な影響(神経活動修飾)について、関与する分子メカニズムを詳細に解明した点で重要と考えられる。 また本年度は、視床下部室傍核のコルチコトロピン放出因子(PVN-CRF)神経について同様の研究を行った成果を論文発表した。PVN-CRF神経はストレス応答に重要とされている。本研究により、PVN-CRF神経Ca2+濃度が12物質により上昇し、3物質により低下することを解明した。さらに、アンジオテンシンIIはAT1受容体、ヒスタミンはH1受容体を介して腹側の、一方カルバコールはニコチン性・ムスカリン性の両アセチルコリン受容体を介して背側のPVN-CRF神経Ca2+濃度を上昇させることを解明した。本成果は、生理活性物質の神経活動に対する作用を正確にスクリーニング評価する手法を確立した点で重要と考えられる。
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