研究実績の概要 |
魚類において繰り返されてきた海から淡水域への進出は, 種や生活史の多様化を引き起こしてきた. 海と川を行き来する通し回遊魚は, 海水魚から淡水魚への進化の途上で出現するとされ, この生活史や生理特性の解明は淡水進出プロセスの理解を深める上で重要である. 海を起源とするハゼ科ウキゴリ属は, 海水・汽水・淡水種に加えて少なくとも3種の通し回遊種を含み, 海水魚から通し回遊魚, さらには淡水魚に至るまでの生活史進化プロセスを研究する上で好適な分類群である. 互いに近縁な通し回遊種であるウキゴリ, シマウキゴリ, スミウキゴリは, 基本的に淡水域で孵化した直後に海へ下り, 稚魚期に川を遡上するとされている. 一方, これら3種のうちウキゴリのみに, 降海をせず一生を淡水域で過ごす陸封集団が多数認められる. また, ウキゴリの陸封する琵琶湖では, 本種の最近縁種で淡水性のイサザが生息する. このように, 陸封は淡水魚が適応進化する上での重要な生態学的機会となりうる. しかし, 通し回遊魚の陸封に必要な生理機能に関する知見は, ごく少数にとどまっている. 本研究では, ウキゴリ属において通し回遊種の陸封化には仔魚の淡水順応能力が鍵を握ると予測し, この検証を行なっている. まず, 陸封化が起こるウキゴリと, これが起こらないことが示唆されているシマウキゴリ, スミウキゴリの間で仔魚の淡水順応能力を比較する生理実験を行なった. さらに, 主にRNA-seq解析によって, この能力の違いをもたらす生理形質の特定を現在行っている. また, 耳石に蓄積された元素を分析することで, 生理実験やRNA-seq解析に用いた各種の集団の回遊パターンを明らかにしている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第2年目である令和元年度は, 第1年目のウキゴリ属の生理実験において十分な結果を得られなかった一部の種のデータを追加した. これにより, 仔魚期を海で過ごす両側回遊魚においても, 種によって淡水中での仔魚の生残率に差異があり, 種内での陸封集団の有無と関係していることを明らかにした. この成果を国内学会にて口頭発表した. また, 上記の仔魚の生残率に違いをもたらした生理機能を分子的な手法で特定するため, 第1年目に作製したサンプルからmRNAを抽出し, ライブラリ調整を行った後にRNAシーケンシングを行った. 得られた遺伝子発現量のデータの量は, 解析を進める上で十分であることが分かっている. さらに, 生理実験に用いた集団の回遊履歴を分析するために複数の共同研究者のもとを訪れ, 指導を仰ぎながら耳石の微量元素分析を行った. これにより, 淡水湖沼に陸封されることが知られ, 生理実験において仔魚の淡水中での生残率が最も高かったウキゴリは, 大きな移動の障壁がない河川でも一生を淡水域で過ごす場合があることがわかった. さらに, 仔魚の淡水順応能力が最も低かったスミウキゴリは, 成魚が河川淡水域から汽水域まで降りて産卵する場合が多いことがわかってきた. このように着実に研究計画をこなしており, 第3年目には遺伝子発現量のデータの解析を行い, これまで得られたデータと統合して論文としてまとめられることも期待される. 以上より, 第2年目における研究は期待通り進展していると評価できる.
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今後の研究の推進方策 |
第3年目である令和2年度は, 主に第2年目で得られた網羅的な遺伝子発現量のデータの解析を行う. まず, 仔魚の生理実験の結果を裏付けるため, 海水中と比べて淡水中で発現量が倍以上に増えた遺伝子の数が, 陸封するウキゴリで最も多いという予測を検証する. 次に, 本属の陸封化の鍵を握る仔魚の生理機能を特定するため, 淡水順応に重要な機能 (塩類の取り込み, 水の排出など) を担う遺伝子の一部はウキゴリのみで発現量が増加しているという予測を, Gene Ontologyを用いた機能アノテーションによって検証する. さらに, 生活史全体を通じ, 仔魚の淡水順応性が陸封化において最も重要であるということを明確化するため, 仔魚が順応できる塩分の幅は成魚と比べて狭いという予測を検証する. まず, ウキゴリ, シマウキゴリ, スミウキゴリの成魚において, 海水中および淡水中での生残率を明らかにし, 仔魚のデータと比較する. 次に, この実験中にサンプリングした, 成魚の浸透圧調節に関わる器官 (鰓, 腸, 腎臓など) における遺伝子発現量のデータを取得する. このデータを解析し, 特にシマウキゴリやスミウキゴリでは, 淡水中で活発に使われている淡水順応に関わる遺伝子の数が, 仔魚より成魚で多いという予測を検証する.
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