研究課題/領域番号 |
18J21797
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
藤井 瞬 慶應義塾大学, 理工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 微小光共振器 / マイクロコム / 四光波混合 / 分散制御 |
研究実績の概要 |
本研究は微小光共振器とよばれる共振器を作製し,可視光帯におけるマイクロコムの実現と分光応用を目的としている.マイクロコムとは微小光共振器によって生成される,光が周波数軸上に等間隔に並んだ”光周波数コム光源”(光コム)のことを指す.光コムの波長精度と安定性は非常に高く,長さ単位の基準となるなど,すでに様々な応用がされている.可視光帯の光周波数コム光源としてはチタンサファイア固体レーザがすでに利用されているが,超精密な反面,安定動作が難しい上に,装置が大型,高価である.微小共振器による可視光マイクロコムは,従来の可視光帯コムに置き換わるコンパクトで安価,省エネルギーな光コム光源として期待されている. 通信波長帯よりも短波長である可視光帯では,レイリー散乱の影響が強く,光の閉じ込め性能指標であるQ値の低下が起こりやすい.マイクロコムの発生原理である四光波混合は三次の非線形光学効果であり,その発生には非常に高いQ値を要求するため,散乱を抑えるなめらかな表面をもつ共振器を作製する必要がある.共振器材料の候補となるのは,シリカガラスまたはフッ化物材料である.これらは可視光帯で非常に高い透過特性をもつことが知られており,高いQ値が期待できる. Q値と同時にマイクロコムの発生には異常分散を達成する必要がある.分散とは光の感じる屈折率の波長依存性のことを指し,マイクロコムの発生には異常分散とよばれる条件が必要とされる.分散は材料と導波路構造に依存して変化するため,可視光帯で異常分散を達成する構造の検討と理想的な構造をもつ共振器作製が本研究の第一段階に位置している. 本年度は有限要素法による電磁界解析をベースに,まずは通信波長帯で分散制御された高Q値共振器の作製に取り組んだ.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の前半期は正常分散におけるマイクロコム発生に向けた理論検討を行った.通常,正常分散領域においては四光波混合の利得(ゲイン)が発生しない.しかし異なるモード次数を有する共振波長が相互作用(モード結合)を引き起こすことで,ある特定の波長帯で正常分散から異常分散への局所的な分散変化が発生することが知られている.この手法を用いることで可視光マイクロコムの発生が可能であると考えたため,非線形結合モード方程式にモード結合を再現する項を加えることでマイクロコムの理論計算を可能にする新たな計算モデルを構築した.また,可視光マイクロコム発生に用いる共振器材料と導波路構造を明らかにするため,可視光帯における波長分散を有限要素法による電磁界解析を用いて検討を行った.この結果,シリカガラスまたはフッ化物材料が可視光帯での高い透過率と分散制御性を両立できることを確認した. 後半期は実際に波長分散を制御した微小光共振器の作製に取り組んだ.前半期に行った計算によると可視光マイクロコム発生に理想的な共振器構造を実現するためには,数マイクロメートルの精度で導波路構造を作製する必要があるが,この精度をナノデバイスで実現することは容易なことではない.そのためフッ化物結晶共振器の作製は光学材料の精密加工を専門とする共同研究者とともに行った.切削加工で作製される共振器は完全にコンピュータ制御されており,ナノスケールで作製精度が保証できる.しかし結晶材料を切削加工した際,表面粗さの問題で低いQ値に留まっていたことが以前からの課題であった.今回新たに切削加工後のクリーニング工程を追加すること,作製工程を工夫することで切削加工のみで通信波長帯で10の8乗を超えるQ値を達成した.このQ値はこれまで報告されている世界最高値であり,分散制御と高Q値を両立した微小光共振器を作製できたことは大きな成果である.
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度の実施計画として挙げていた,1.可視光帯で分散制御された微小光共振器の設計と作製,2.プリズムを用いた光結合系の構築,3.マイクロコム発生に必要な条件の数値シミュレーションのうち,2,3はほぼ達成.1は通信波長帯に限定すれば達成したと評価できる. これらを踏まえ来年度以降も引き続き可視光帯でも高Q値を示す微小光共振器の作製に取り組む.通信波長帯で高Q値かつ分散制御された共振器を作製できたことは大きな進捗であったが,可視光帯での実験に進展が少なかったのは反省点である.当初予期していたことではあったが,可視光帯は通信波長帯と比較すると散乱の影響が非常に大きかった.高Q値化にはよりなめらかな共振器表面を必要とするため,加工条件の最適化や加工後の後処理を工夫することでさらなる改善を狙う.また,有限要素法による分散解析も引き続き行い,理論的な理想構造と現実に作製可能な限界点を見極めたい. 共振器の作製と同時に進める必要性が高いと考えられるのが,マイクロコムのモード同期化(パルス化)へ向けた手法の開発である.マイクロコムは発生しただけでは各コムモードの位相関係が同期しておらず,分光用途を含めた様々な応用には適さないことが先行研究により示された.そこで可視光帯での高Q値共振器作製と並行してモード同期に必要なフィードバック機構の開発を行いたい.モード同期したマイクロコムを通信波長帯で達成できれば,可視光帯でも同様の手法が利用できるため,単なる可視光帯マイクロコム発生ではなく,モード同期可視光帯マイクロコム発生という,より大きな成果を挙げることができる. 以上をまとめると,可視光帯で分散制御された微小光共振器の作製とマイクロコムのモード同期安定化機構の開発を平成31年度終了時点で達成したい.
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