研究課題/領域番号 |
18J21892
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
野口 亮 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | ラシュバ分裂 / 角度分解光電子分光 / トポロジカル絶縁体 / 新奇トポロジカル相 |
研究実績の概要 |
スピン分裂を示す電子状態の制御について、薄膜試料とバルク試料の両面で進展があった。 第一に、Ag/Au(111)薄膜における、理想的な量子井戸状態において、電子状態の閉じ込め効果によるスピン分裂変調が可能であることを、実験と理論の両面から解明した。特に、理論計算によって電子の実空間分布と、スピン分裂への各原子層の寄与を調べた。その結果、電子が各層でポテンシャルの傾きを感じる結果としてスピン分裂が生じており、そのスピン分裂の値は界面の電子密度にほぼ比例することが数値的・解析的に明らかになった。この結果は、基板との相互作用が強い量子井戸状態では常にスピン分裂が生じること、またその大きさを大きくするためには量子井戸バンドの波動関数を基板にしみこませることが重要であることを示唆している。また、本研究で目指しているBi/Ag薄膜においても、界面の効果が重要であることが予測され、次年度の研究においては表面と界面の両方の作用を取り入れるモデルを構築する。 第二に、表面電子状態が物質のトポロジカルな性質によって変化する性質を利用した、擬一次元ビスマスハライドのスピン分裂バンド制御の実証とメカニズムの解明に成功した。具体的には、角度分解光電子分光によってビスマス臭化物のバルクバンドギャップ中に一次元ディラック分散を観測し、これが高次トポロジカル絶縁体相のヒンジ状態に対応することを見出した。さらに、ヒンジ状態による局所伝導度の変化を調べるため、マイクロ波インピーダンス顕微鏡を使った研究に取り組んだ。これらの研究により、ビスマス臭化物で、本物質の積層構造に特徴的な高次トポロジカル状態が実現していることが明らかになった。この結果はトポロジカル物性に新しい枠組みを与えるだけでなく、積層構造によりスピン分裂電子状態の実空間分布まで制御可能であることを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、膜厚制御されたスピン分裂バンドの制御メカニズムについて、特に理論面からの考察が大いに進展した。Ag/Au薄膜において、波動関数が各原子において非対称性を感じることでスピン分裂が生じており、その結果として、スピン分裂の大きさは、界面に存在する電子の確率密度に比例していることが分かった。本機構によるスピン分裂は、金属薄膜だけでなく、半導体量子井戸構造などそのほかの構造にも生じうるものであり、今後、さらに多くの系でのスピン分裂制御の実現へとつながる結果である。 また、ファンデルワールス積層によるトポロジカル相制御が、新たなスピン分裂バンド手法となりうることを見出した。具体的には、擬一次元ビスマスハライドにおいて、結晶の積層構造によって、通常の絶縁体・弱いトポロジカル絶縁体・高次トポロジカル絶縁体が区別されていることを見出した。すなわち、積層構造を操作することで、スピン分裂した表面状態・エッジ状態の生成・消滅の制御が可能となっている。したがって、本研究によって、従来想定していなかった、新しいスピン分裂バンド制御の方法が示されたと言える。
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今後の研究の推進方策 |
ビスマスハライド及びAg薄膜におけるスピン分裂バンド制御の研究について、結果をまとめて学術論文誌への投稿を行う。さらに、同時に進めている時間・スピン・角度分解光電子分光装置の建設を進める。新しいレーザー光源を利用した静的な光電子分光は既に実現しており、ポンプ光の導入によりダイナミクスの測定が可能になる。本装置を用いて、スピン分裂バンドの時間領域での制御可能性を示す。特に、膜厚制御されたスピン分裂バンドについて、ポンプ光により表面状態とバルク状態を励起して、時間領域で表面バンドとバルクバンド間の相互作用の変調を捉えることを目標とする。また、測定チャンバーの改造にも取り組み、低温で蒸着を行い、室温に戻さずにそのまま測定できるような配置にすることで、試料の膜質の向上も目指す。
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