研究課題/領域番号 |
18J21906
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
安藤 健太 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | インフレーション / 原始ブラックホール / 重力波 / 宇宙論的摂動論 |
研究実績の概要 |
インフレーション宇宙での小スケールゆらぎの生成と、その結果生成される原始ブラックホール(PBH)の研究を行なった。 まず、PBHの生成量の評価が、密度ゆらぎをホライズン内で平均化するときに用いる窓関数の選び方に強く依存するという重要な不定性を見出した。この不定性を定量的に評価し、さまざまな観測と矛盾せずにLIGO/Virgoの重力波イベントを再現するために必要な曲率ゆらぎスペクトルのピークの鋭さを求めた。また、アクシオン的カーバトンモデルと呼ばれるインフレーション中に曲率ゆらぎが増幅されるモデルでのPBH生成を解析した。その結果、生成されるPBHが暗黒物質の全成分、あるいは、LIGOイベントを説明できることを示した。以上の成果は既に論文として発表されている。 さらに、インフラトン・ポテンシャルにinflection pointと呼ばれる平らな部分のあるモデルでのゆらぎの解析を行なった。このモデルはシングル・フィールドでもゆらぎが増幅されPBHが生成され得るモデルとして注目されている。ポテンシャルの平らな部分ではゆらぎのバックリアクションによる効果が重要になる可能性があるため、ストカスティック形式という手法を用いて非摂動的に解析した。ストカスティック形式ではインフラトン場の量子ゆらぎの効果は、場の運動方程式に確率的なノイズ項として表現される。この形式で準解析的な議論をした先行研究はあったが、私はこれまで行われていないアプローチで数値計算を実行した。第一ステップとして問題を単純化したセットアップで計算したが、それでもスロー・ロール近似をした線形摂動論を超える結果が得られた。このことはストカスティック形式の有用性を示していると言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
「研究業績の概要」でも述べたが、原始ブラックホール(PBH)に関する研究を完成させ、論文として発表した。研究内容は大きく二つに分けられる。一つ目は、PBH生成量の評価における窓関数の選び方による理論的不定性である。二つ目は、アクシオン的カーバトンモデルでのPBH生成である。いずれの研究でも、インフレーション中に生成される曲率ゆらぎとLIGOやVirgoでの重力波イベントとの関連を発見することができた。 現在はPBH生成につながるような大きな曲率ゆらぎの生成を非摂動的に調べるために数値計算を行っている。ストカスティック形式では、インフラトン場は確率微分方程式に従い、量子ゆらぎの効果は確率的なノイズ項として表現される。一方、δN形式によるとインフレーションの持続時間を表すe-foldのゆらぎが曲率ゆらぎに等しい。よって、インフラトン場が従う確率微分方程式を繰り返し解き、e-foldの統計性を調べることで曲率ゆらぎのスペクトルが得られる。私はまず、よく知られているカオティック・インフレーションの曲率ゆらぎのスペクトルがこの手法で正しく得られることを確かめた。そして、ポテンシャルにinflection pointと呼ばれる平らな部分があるモデルに取り組んだ。このモデルはシングル・フィールドでPBHが生成され得るモデルとして注目されている。このモデルでは、inflection pointの周りで一時的にスロー・ロールが破れるため、ノイズ項の評価が複雑になる。そこで、ノイズ項だけはスロー・ロールの場合と同様にハッブル・パラメタで評価して計算を実行した。その結果、スロー・ロールを超えた線形摂動論での曲率スペクトルを再現できた。今後はノイズ項の評価をより正確にしていくことで、非線形な効果が見えることが期待される。 以上のように、論文を発表するとともに新たな課題も着実に進めた。
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今後の研究の推進方策 |
スロー・ロールを超えたストカスティック形式について調べていく。先行研究には、各モード(波数)のインフラトン場のゆらぎについてMukhanov-Sasaki方程式を解き、それを用いてノイズ項を評価するべきだと主張するものがある。ただし、この方法に対する反論もある。例えば、スロー・ロールを破る状況ではゲージの取り方などに非自明なところがある。よって、数値計算のコーディングの前に物理的な理解を深めていく必要がある。そこで、平成31年度は海外に3ヶ月間滞在し、この分野で世界をリードする研究者と共同研究をする。そうして得られた正しいストカスティック形式を用いて数値計算をすることで、インフレーションで生成される曲率ゆらぎやその後生成される原始ブラックホール(PBH)などについて正確に評価することを目指す。特に、先行研究で示唆されているように、スロー・ロールが破れている領域では曲率ゆらぎのスペクトルがピーク状に増幅されるのかどうかを確かめる。 また、相手方の研究者は、インフレーションの量子性が宇宙マイクロ波背景放射(CMB)で観測される可能性を探るという独創的な研究をされてきた。私はこの研究にも加わる。具体的には、宇宙論の分野では新しいスピン演算子の時間的な相関を計算し、ベルの不等式が破れるかどうかを調べる。これが観測できれば、宇宙の構造が量子ゆらぎに由来することの強い証拠になる。さらに、インフレーションが作る原始重力波の将来観測でベルの不等式の破れを見ることができるかも検討していく。 これらの研究は関連しており、インフレーション中の量子ゆらぎを古典的な確率分布で表現することの正当性を追求することは、インフラトン場が確率微分方程式に従うとするストカスティック形式の研究をする際にも役立つことが期待される。
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