研究課題/領域番号 |
18J22004
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
杉山 博紀 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | ジャイアントベシクル / マイクロ流体デバイス / Lab automation / 自己再生産 |
研究実績の概要 |
本研究課題では,細胞サイズの生命現象の普遍性質の解明に向けた構成的アプローチの基盤と期待される,定常的に自己複製可能なジャイアントベシクル(GV)の創出に取り組んでいる. まず本年度は,定常的な自己複製の実現に向けた実験的検討の根幹をなすマイクロ流体デバイス(MFD)の適用範囲の拡張に取り組んだ.具体的には,MFD表面の撥水・撥油加工により,基質内包効率に優れた作製法で形成したGVをMFD内部で計測可能にした(American Chemical Society Fall meeting(2019年8月)にて発表,国際誌に論文投稿中).さらに,複雑なプロトコルでも再現性よく遂行できる自動化装置(MANSIONs)を実装した(日本分析化学年会(2019年9月),MicroTAS 2019(2019年10月)にて発表).日本分析化学会が出版する『展望とトピックス』や,日経産業新聞で紹介された. 他方,報告者は昨年度,MFD中に捕捉されたGVを特定の分子の水溶液に曝すと,たんぱく質などの機能性分子を一切用いずに,GV内部に当該分子を濃縮できることを発見した(Communications Chemistryに採録(2020年3月),Molecular origin of life(2020年7月)にて発表予定).Nature Chemistry Communication のBehind the paperや,Bio Stationにて紹介された. また,GVの自己再生産動態について,報告者が立案・分子設計した膜分子を用いて,膜分子前駆体の分子変換とリンクしながらGVの変形を誘導できることを確かめた(OKINAWA COLLOID2019(2019年11月)にて発表).すでにMFD中での変形誘導にも成功しており,現在GVの破断することなく形態変化を計測可能な実験条件の探索を進めている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題で想定した超分子化学的アプローチについては,昨年度までに,報告者が立案・分子設計した膜分子からなるGVについて,膜分子前駆体の添加により分子変換とリンクしながら変形を誘導できることを確かめられた.また,MFD中に当該GVを捕捉し,膜分子前駆体を含む溶液へと置換することで変形を誘導することができた.現在,これまでに自ら実装した自動計測装置を駆使して,GVの破断を惹起することなく安定に形態変化を計測可能な実験条件を探索を進めているところであり,研究課題の進捗についてはおおむね順調に進んでいると評価できる. 他方,報告者が昨年度までに発見した流れ場を利用したGV内部への基質の濃縮現象は,本研究課題で想定した,定常的自己再生産に係る浸透圧の問題を従来想定していた方法とは全く別経路で解決する実験的枠組みを提示する可能性がある.また,ベシクル型人工細胞内部への効率的な基質輸送法としても期待できる.自然な状態では受動輸送が支配的な本系において,流れ場による基板との接触という非生物的な条件設定のみによって膜を介した物質の透過動態が質的に変化したことは驚くべきことであり,基礎科学的見地からも興味深い.本発見は,定常的なGVの自己複製を目指し,実験自動化を含むマイクロ流体デバイス技術に着目し研究を進めていたからこそ発見できたものであり,また,将来的に本計画課題のボトルネック解消へもつながりうるものである.したがって,本研究は,当初の計画以上に進展していると評価できる.
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今後の研究の推進方策 |
昨年度までにGVの自己再生産動態に適用可能な膜分子・膜分子前駆体の合成,および簡易な追加合成プロトコルも確立している.また,これらの膜分子を主成分としてGVを作製・マイクロ流体デバイス中での捕捉し膜分子前駆体に曝すことで変形誘導できるところまでを確かめている.本年度は,添加する膜分子前駆体の濃度や比率,与える順序などを検討し,表面積の増加と体積増加を同時に誘導できる条件の探索を進める.デバイス内部で各条件下におけるGVの変形動態を計測・総覧し,結果を原著論文として発表する.こうした網羅的探索には,添加する膜分子前駆体を一つのGVに対して複数組み合わせることも予想される.こうした探索をより容易に,また網羅性をもって探索するため,昨年度から自動計測装置の拡張に取り組んでいる.12種類の溶液を任意の濃度で混合しデバイス内部に送達できるようにし,混合精度や洗浄プロトコルの検証をモデルプログラムでの検証を概ね完了した.そこで自動計測装置との並列処理を実装し,上記の変形動態の探索に利用する. また,昨年我々はタンパク質などを一切用いずにGV内部に小分子を濃縮できることを見出した.本発見は,ベシクル型人工細胞内部への基質送達の効果的方法論と期待でき,本研究課題の着想点となった内水相の希釈問題についても解決の糸口となりうる.たとえば本研究課題は,内水相の濃度の希釈の解決から着想されたものであるが,生体高分子を内包した機能性のGVにこの濃縮動態を適用することで,内水相を含めた機能の定常化へ迫る先鞭をつけられる可能性があり,主課題に並行して試行予定である.内水相への分子濃縮は,本研究で目指す定常的自己複製に,水分子を含む基質の取り込みを調節するという新たな制御原理を与えることも期待できる.水流入の時定数の制御も視野に入れながら,定常的自己複製を実現するための実験条件を探索していく予定である.
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