前年度の研究において導入したT-datumという正方行列の組を用いて、クラスター代数上の離散力学系の不変量の研究を行った。具体的には、T-datumを用いて分配q級数と1-ループ不変量を定義し、分配q級数の漸近挙動において1-ループ不変量が現れることを示した。また、T-datumを用いて定義した1-ループ不変量は、クラスター変換の微分の特性多項式と一致することを示した。これにより、周期的なT-systemに付随する指数に対して、T-datumを用いる方法とクラスター変換の微分を用いる方法の二通りの計算方法を与えることができた。前者はルート系における指数をカルタン行列から求める方法の類似とみなせ、後者はコクセター元のルート系における指数をコクセター元の特性多項式から求める方法の類似とみなせる。
クラスター代数上の離散力学系の特別な場合として、q-パンルヴェ系の研究を行った。クラスター代数に付随する幾何的な対象であるクラスター多様体をq-パンルヴェ系の初期値空間とみなすことにより、クラスター代数の理論を用いた系統的なq-パンルヴェ系の構成を得た。従来の初期値空間の構成がブローアップの繰り返しでなされていたのに対し、クラスター多様体を初期値空間とみなす場合には双有理写像であるクラスター変換による代数的トーラスの張り合わせによって初期値空間が構成される。この構成を用いることで、q-パンルヴェ系を記述する初期値空間上の自己同型を箙の変異と箙の同型の合成という組合せ的な操作で記述できる。また、q-パンルヴェ系に付随するルート系について、クラスター代数とトーリック幾何を用いた解釈を与えた。
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