研究課題/領域番号 |
18J22869
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
李 垂範 京都大学, 工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | スピントロニクス / シリコンスピントロニクス / 半導体スピントロニクス / スピン輸送 / 電気的スピン注入 / スピントランジスタ |
研究実績の概要 |
令和元年度の研究ではシリコン基板スピントランジスタにおいてゲート電圧印加によるスピン輸送特性の解明に取り込んだ.シリコンはスピン軌道相互作用が小さく,長距離スピン輸送に適していると認識されており,そのためスピン金属酸化物半導体電界効果トランジスタ(スピンMOSFET)のチャネルとして適している.スピンMOSFETではゲート電圧を印加すると電界効果によりチャネル内の電荷密度が変化し,素子全体の抵抗が変わることでON/OFF動作が可能となる.本研究ではゲート電圧印加時にシリコンのスピン寿命や拡散係数が変わらないことを示した.また,スピンMOSFETにて定電流を流しながら電荷密度が空乏化される負のゲート電圧印加時,スピン依存信号の異常な減少が見られた.このような信号の異常な減少を説明するため,本研究では高電界効果を導入した.定電流が印加され,またチャネルの抵抗が上がってしまうので,チャネルに印加される電界も増大する.実験より見積もられたチャネルの電界は従来のシリコンでドリフト速度が飽和する電界に匹敵した.上記の効果をスピンMOSFETの1次元モデルに導入することで,負のゲート電圧印加時の異常な信号減少を説明した.また,ドリフト速度が飽和し始める高電界領域ではスピンの寿命を急激に落ちることを明らかにした.このような結果は物理的にはシリコン中の光学フォノン散乱で説明できる.高電界により高くなった電子のエネルギーはシリコンの結晶中の光学フォノンを励起させ,電子の運動量とスピンの散乱が増し,信号強度が落ちる結果に繋がる.上記の結果は将来スピントランジスタのデザインに有益な情報を提供する.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スピントランジスタの駆動における輸送特性の変化を確かめた.ゲート印加時に発生する信号強度の異常な減少を新しく発見した.このような現象は従来の理論だけでは予想できなかった結果である.このような新しい現象はスピントランジスタの1次元モデルに従来の半導体中ドリフト速度飽和現象を入れ込むことで解明できた.これは当初の計画より早めの結果であり,日本応用物理学会や国際会議Magnetism and Magnetic Materialsにて発表され,そして早速国際雑誌Applied Physics LettersにFeatured Articleとして掲載された.しかし,信号強度の減少はスピントランジスタ駆動においてポジティブな結果ではないため,期待以上の結果だと評価することは難しい.本研究が完成した後は来年度の研究のための予備実験を行っていた.具体的な説明は以下の「今後の研究の推進方策」に記載されている.
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度の研究課題はシリコン基板のスピントランジスタにおけるスピン軌道相互作用の操作である.シリコンはスピン軌道相互作用が小さいと知られており,そのためシリコンはこれまでスピン輸送のためのチャネルのみとして利用されてきた.しかし,シリコンのスピン軌道相互作用がコントロールでき,デバイス動作としてそれを増大できれば,次世代のスピントランジスタにも応用できると期待される.スピン軌道相互作用の特徴はスピン散乱の異方性である.スピン軌道相互作用が強い物質中には有効磁場が生じており,スピンがそのスピン軌道磁場と垂直な場合,スピンが歳差運動してスピン情報が失われる.つまりスピン軌道磁場とスピンの向きが垂直か,平行かによって散乱の強さが異なることになる.今後の研究方針としてシリコンスピントランジスタ構造にてスピン散乱の異方性を調べ,またその異方性がゲート電圧印加によってコントロールできるかを試みる.この研究が完成する暁にはシリコンをスピン輸送の媒体だけではなく,スピン流をコントロールするための物質として利用できるため,インパクトが高いと考えられる.
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