多環芳香族炭化水素PAHは複数のベンゼン環が縮環した炭化水素であり、豊富なπ電子と剛直な骨格に由来し、魅力的な光機能や自己集合能を示す。そのため様々な分野において研究対象となっている。またヘテロ原子を導入したPAHはヘテロ原子の性質に由来して、炭素類縁体にはない物性や機能の発現が期待できる。ヘテロPAHの一種であるヘテロ[8]サーキュレンは中央の八員環に由来して、歪みある骨格の発現や平面シクロオクタテトラエンの寄与の発現も予想される。このような観点からヘテロ[8]サーキュレンは興味深い化合物であると考えた。 まず前年度報告したテトラアザテトラチア[8]サーキュレンの溶液中での会合挙動について調べた。様々な溶媒中において自己集合に関する熱力学的パラメーターを算出したところ、溶媒のアクセプター数の増加に伴い、エントロピー変化が正にシフトし、エンタルピーとエントロピーの両方で駆動する自己集合を示した。窒素原子の導入によってエントロピー的に有利な脱溶媒和とエンタルピー的に有利なπスタッキングが同時に達成できたためと考察した。 またアザボリン骨格を含むBN縮環テトラチア[8]サーキュレンの合成および単結晶X線構造解析にも成功した。八員環に比較的芳香族性の低いアザボリン環を縮環したことで骨格柔軟性が発現した。 さらに、前年度合成に成功している外周部に4つのアミジン部位をもつオクタアザ[8]サーキュレンのプロトン化挙動を調査した。メタンスルホン酸を用いた滴定実験から、プロトン化によってオクタアザ[8]サーキュレンの電子構造が大きく変化することが明らかになった。さらに単結晶X線構造解析と理論化学計算より、テトラプロトン化体は正電荷の非局在化によって、中央の八員環に由来する反芳香族性の寄与が発現することを明らかにした。
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