研究課題/領域番号 |
18J22937
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
大竹 裕里恵 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 遺伝的多様性 / 適応 / 生物侵入 / Resurrection Ecology / 枝角類 / 湖沼生態系 / 単為生殖 / 年縞堆積物 |
研究実績の概要 |
本研究は、生物の侵入成功機構の解明に向けた知見を取得するため、湖沼堆積物中に残るミジンコ(Daphnia pulex)の休眠卵とその孵化個体を用い、調査湖沼におけるミジンコ個体群の侵入から現在までの遺伝的構造と形質の時系列変動を解明することを目的としている。本研究は主に(1)堆積物中の休眠卵の取得とこれに基づく侵入動態の推定、(2)休眠卵を材料とした集団遺伝解析、(3)定着に関係し得た形質の測定実験からなる。本年度は(1)、(2)に取り組んだ。(1)において、調査湖沼の深見池(長野県)におけるミジンコ個体群侵入動態の推定を完了した。湖沼形成期の1662年から2017年までの堆積物コアサンプル各層で休眠卵を包む卵鞘を計数した結果、ミジンコ個体群は1930~1950年頃に出現したと示唆された。その後、低密度で存在したか絶滅したとみられ、定着は2000年初頭と推定された。しかし、2015年以降の層では卵鞘が検出されず、近年での減少・絶滅の可能性が示唆された。休眠卵の入った卵鞘を取得できた2000年~2014年の層において、(2)休眠卵を材料とした集団遺伝解析を行った。MIG-seq法により、ゲノムワイドに数百~数千のSNPを取得し解析を行った。この結果、先行研究で示されている日本生息ミジンコの核遺伝子系統レベルで、深見池生息ミジンコ個体群の遺伝的構造の時系列変動を明らかにした。深見池ではミジンコ核遺伝子系統4つの内2系統(JPN1、JPN2)の生息が報告されている。本研究ではSNP情報から2系統の識別に成功し、結果、深見池においてJPN1は2012年頃に出現し、それまではJPN2のみが存在したと示唆された。JPN2内では年代ごとの遺伝的差異は見られなかった。更に、同一系統に属する休眠卵間でのSNP数を解析した結果、各系統の遺伝的多様性は低いまま維持されてきた可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、(1)堆積物中の休眠卵の取得とこれに基づく侵入動態の推定、(2)休眠卵を材料とした集団遺伝解析を終了させる計画を立てていた。(1)については完了し、深見池に生息するミジンコの個体群動態を湖沼形成期及びミジンコ出現・定着初期から近年まで推定することができた。(2)について、低質・少量のDNAサンプルからゲノムワイドにSNPを取得できるMIG-seq法を用い、ミジンコ個体群定着から近年にかけての遺伝的構造の変化を明らかにした。この結果、核遺伝子系統レベルでの侵入動態を明らかにできたに加え、深見池で生息が報告されていた核遺伝子型2系統(JPN1, JPN2)は、深見池においてそれぞれ遺伝的多様性が低いまま維持されてきた可能性が示唆された。この推定を裏付けるための追加解析、および、定着以前に見られた少数個体の解析を要するものの、生物の侵入過程における遺伝的構造の時系列変動という従来取得が困難であったデータの取得を進行でき、また、今後解決するべき課題を明瞭にできたといえる。 これらに加え、(3)定着に関係し得た形質の測定実験に向けた孵化個体の確保も同時に進行した。 以上のことから、本年度はおおむね順調な進展が得られたと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究において、定着から近年にかけてのミジンコ個体群の遺伝的構造変化を明らかにした。この結果、深見池で生息が報告されていた核遺伝子型2系統(JPN1, JPN2)は、深見池においてそれぞれ低い遺伝的多様性で維持されてきた可能性が示唆された。今後は、この推定をより強固に裏付けるため、核遺伝子系統レベルからさらに解像度を上げ、系統内多型レベルでの集団遺伝解析を試みる。また、定着に至る2000年以前の層については、取得した卵鞘がいずれも空であり、休眠卵を用いた遺伝解析を実施できていない。このため、次年度はまず解析する堆積物コアサンプルを増やし2000年以前の層からの休眠卵取得を目指す。これらを通し、深見池におけるミジンコ個体群の遺伝的構造の時系列変化を、侵入初期から定着、現在までの全体を通して明らかにする。この結果から、ミジンコの侵入イベント発生回数や各遺伝子型のソースの推定も試みる。このように、生物侵入における遺伝的構造の変動を、遺伝的にも時間的にも詳細な解像度で明らかにできれば、生物侵入学における未解明事項の一つである「遺伝的多様性の減少の有無、およびその後の回復の有無とその機構」について有益な知見をもたらすと期待できる。 併せて、実験に使用する培養系統の確立を進める。これが終了次第、定着に関係し得た形質の測定を行う。当初は、まず、関連要因の一つとして寄生関係に着目し、ミジンコの寄生耐性の変動を推定する予定としていた。しかし、深見池に現存する枝角類において寄生を受けているものがほとんど観察されず、まずは寄生生物の在不在を確認する必要がある。そこで計画を変更し、当初は3年目に行う予定としていた、ミジンコの体捕食者防御形質の測定を先行して実施する。また、他に定着に関与しえた形質についても検討を進め、形質測定の実施を検討していく予定である。
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備考 |
研究関連記事寄稿2件 1. 陸水学雑誌 Vol.80-1, 「国際交流事業「若手研究者の派遣」国際得陸水学会 第34回国際会議 参加・講演報告」,2019/02/15. 2. 比較生理学会誌 Vol.35-3, 「自然界の古文書“湖沼堆積物”:時を越えるミジンコ」, 2018/12/25.
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