多環芳香族炭化水素(PAH)やπ拡張ヘテロ芳香環、ナノグラフェンに代表される縮環芳香族化合物は、有機電子材料に頻繁に用いられる重要な化合物群である。これらの化合物は一般的に、多段階の標的指向型合成法によって合成される。このような手法は、ナノグラフェンやグラフェンナノリボンなど様々な縮環芳香族化合物の精密合成を実現したが、材料科学の観点からは解決すべき課題も抱えている。すなわち、縮環芳香族化合物の網羅的な合成・評価を必要とする材料化学分野において、各々の目的物に対して都度適した合成戦略を考案する必要がある点や多段階の合成を必要とする点は、重大な欠点であった。 本研究員は上記の問題を解決するため、縮環π拡張反応(APEX反応) により短工程で多様な縮環芳香族化合物を合成するテンプレート成長法の開発に取り組んでいる。APEX反応とは、官能基化されていない芳香族化合物を基質として用い、縮環芳香環を構築する反応である。本年度は、前年度までに開発したAPEX反応を鍵反応として、有機電子材料であるルブレンのπ拡張反応に取り組んだ。ルブレンは、極めて高い電荷移動度を示すことや一重項分裂・三重項-三重項消滅など興味深い現象を引き起こすことから最も盛んに研究されている有機電子材料のひとつである。しかしながら、可視光の照射や酸素の存在により分解反応が進行してしまうことからルブレンの誘導化は困難であり、不活性なC-H結合を変換した例は極めて限定的である。本研究員は、開発したAPEX反応(M-APEX)を用いてルブレンのM領域のπ拡張反応を行なった。結果として、わずか3段階でルブレンの主骨格であるテトラセン骨格をヘキサセン骨格へとπ拡張することに成功した。得られたπ拡張ルブレンは、代表的な有機電子材料において頻繁に見られる2次元レンガ状の集積構造を示しているため、材料科学分野での応用が期待される。
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