ES細胞は、胚盤胞期の将来胚体を形成する内部細胞塊から樹立された細胞であり、胎盤などの胚体外組織への分化能を失った多能性細胞であると信じられてきた。しかし、最近の研究からES細胞には非常に低い割合で内在性のレトロウイルスであるMuERV-Lを発現する細胞集団が存在することが報告された。また、これら の細胞集団は、初期の着床前胚に移植した場合に、内部細胞塊だけではなく、栄養外胚葉にも寄与することから、全能性を有すると結論されている。本研究では、MuERV-L陽性細胞を可視化し、MuERV-L陽性細胞を効率よく誘導する方法を開発すること、またMuRV-L陽性細胞に含まれる真の全能性細胞を同定することを目的として研究を行った。今年度は、脂質成分を染色する試薬BODIPYを用いてMuERV-L陽性細胞に有する卵細胞に特異的な構造をもつLD (Lipid droplet)を可視化することに成功した。また、可視化されたLDは2細胞期胚においてもMuERV-L陽性細胞と同様に可視化することを明らかにした。次に、新たな脂質合成を阻害するTriacsin Cを用いてMuERV-L陽性細胞に出現するLDがES細胞からMuERV-L陽性細胞の誘導に必須かどうかを検討した。その結果、TriacsinC処理によりほぼ全ての細胞でLDが消失したにも関わらず、MuERV-L陽性細胞が誘導されることを明らかにした。このことから、ES細胞からMuERV-L陽性細胞の誘導には、LD生成が必須ではないことを示した。ES細胞から誘導されたMuERV-L陽性細胞には約4割がLDを有していることから、今後、MuERV-L陽性細胞に形成されるLDが遺伝子発現に影響を及ぼすかどうかを明らかにしていく予定である。
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