アフリカにおける就学前教育の研究も、計量的な調査の分析結果から、母親の教育歴と子どもの就学率や栄養状態などの健康づくりに相関関係があることが実証されている(Edwards et al. 2008;LeVine et al. 2012)。しかし、その実態をアフリカの文化的文脈で保護者の視点から明らかにした先行研究は非常に限定的である。本研究課題は、ケニアのマサイの女性たちにとっての子どもの実像と就学前教育の実態を、彼らの視点から明らかにすることを目的とする。その際、彼女たちを取り巻く経済社会文化的文脈の中で、乳幼児の発達観、就学前教育に対する価値観、育児観、望ましい親子の関係観など、多面的な視点から分析した。2018年8月及び2019年8月にフィールドワークを実施し、Covid-19の影響を受け2021年6月は、現地リサーチアシスタントとリモートでデータ収集を実施した。教師14名および保護者47名のインタビュー調査を行った。調査結果によると、2017年に施工された義務無償化の就学前教育政策にも関わらず、現場では学費の徴収が行われていることが明らかになった。保護者達は、子どもたちに大人の意見に従い、就学前教育機関で基礎学力を身に着けることによる小学校教育へのスムーズな移行を望んでいることがわかった。政府主導による母語教育の実施については、母語教材の不足、教師の母語教育の研修不足などの外部要因以外に、教師及び保護者は、母語は家庭で教育可能であるとし、教育機関では、スワヒリ語と英語の習得を目指している実態が浮き彫りになった。ケニアは多文化多言語社会であり、学区内でどの民族言語を母語教育言語として選択するのかが課題として上がった。あるいは、母語教育の教科テストが存在しないことから、ひとつの地域言語を基にした母語教育概念からマルチリンガル教育へと、概念と目的を変更する必要性を提案した。
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