本研究の最終年度である令和3年度は、「謝罪とは何か」をめぐる前年度までの研究を継続させ、研究計画にもとづいて「『責任とは何か』という原理的な問いに対して新たな論点および切り口を提示すること」を目指した。その研究成果として、「私たちを謝罪へと促す動機づけの問題」という観点から、『宮城教育大学紀要』に「道徳的アイデンティティの成り立ちについて」と題された論文を発表した。この論文では、前年度までの研究で得た、私たちが「社会のなかで共に生きる諸人格であること」という洞察のもとに、私たちが「善い生き方」を目指そうとする際の基盤となる道徳的アイデンティティの成り立ちとその役割について論じた。 本研究は全体として、「『謝罪とは何か』に関連する諸問題についての哲学的な考察を行うこと」を目的としたものであるが、本研究の成果を集約して記すならば、以下のようになる。すなわち、本研究が明らかにしたのは、謝罪が、固有のアイデンティティを備えた諸人格が社会のなかで共に生きるという人間存在の根本条件を基盤として、社会的な信頼や名誉の維持ないし回復を目指して行われるものである、という事情である。謝罪の前提をなす責任の自覚は、他者たちによる非難と責任の追及とを主要な源泉としており、道徳的アイデンティティを備えた人格として「善き生」を目指す個人は、そうした責任を内在化し、謝罪を促される。以上のように、「謝罪とは何か」という問題は、人間存在の根本条件の解明を目指す哲学的人間学における根本問題なのである。
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