2020年度は論文(1)と発表(1)によって、成果を公表した。 論文「演技の非現実性と意味――オイゲン・フィンクの場合」では、フィンクの演劇論に即して、「非現実性」(仮象性)と「意味の理解」を考察した。前者は像(絵画や演技)が成り立つための必要条件である。像は現実のものに取り巻かれているが、それが表すのは非現実性の世界であり、像はそれを覗く窓のようなものである。だが、そのことによって、行動は、動機や背景の見直しを受けるとともに新しく解釈され、行動(演技)による反省として呈示される。またその「意味」理解は、概念的でなく、シンボル的現示(S.K.ランガー)という性格をもつ。 発表「現象と芸術作品―フッサールとインガルデン」では、インガルデンの文学作品論を考察した。彼によれば、文学作品は音・意味・事態・象面といった層構造を有し、「不確定箇所」などをもちながら、「想像的象面」などによる「具体化」がなされるものであり、また、作品中に現れる判断は現実を措定するのではない「擬似判断」である。こうして、表現される意味や事態の「現れ」から美的質を感受するためには「具体化」が必要であるが、しかし、「擬似経験という美的態度において、現実でないことを承知しているゆえに、われわれはその具体化を『平静に』受け入れ、『観照』し」美的質や形而上学的質を感得しうるのである。 以上のように、代表者は両者の芸術的媒体の思想を扱ったが、いずれも、フッサールにおける「中立性変様」の思想を受け継ぎ、独自の仕方で展開したものと言える。代表者は、両者にそくして、芸術の表象媒体と表象の在り方(中立性)と、そこで表現される意味の在り方(シンボル的現示、不確定性や曖昧さ)を明らかにした。代表者によれば、媒体によって可能になる「中立性」は、制作においても鑑賞においても想像力の働く場を提供するのである。
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