研究課題/領域番号 |
18K00008
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研究機関 | 武蔵野大学 |
研究代表者 |
一ノ瀬 正樹 武蔵野大学, グローバル学部, 教授 (20232407)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 因果 / 責任 / 不在 / 不作為 / 対称性議論 / 人権 / 震災関連死 / 原発事故 |
研究実績の概要 |
本研究課題実施の一年目は、主題に関する著書一冊と、いくつかの論文、およびいくつかの国際学会発表を行った。ます、単著『英米哲学入門』(ちくま新書)を刊行し、そこにおいて因果関係、とりわけ「不在」や「無」を原因とする関係性である「不在因果」の問題に焦点を当てて、一定の解決案を提示した。これは、いわゆる「不作為」による結果の責任、という問題につながり、本研究課題である「責任概念を因果関係の検討に基づいて探求する」というテーマにびったり即する研究成果である。さらに、単著論文「震災関連死の原因について」(『ポスト3.11 メディア言説再考』所収)において、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の後に発生した震災関連死、とりわけ福島県の震災関連死が突出して多い原因についてどう考えればよいのか、について考察した。この論考も、最終的には責任概念と因果概念の連関を扱ったものであり、本研究課題の前進に貢献するものである。また、武蔵野大学紀要『The Basis』に「死の害についての「対称性議論」をめぐって-因果概念に照らしつつ-」を発表したが、これは、私たちの死後非存在や誕生前非存在が私たちにどのように因果的影響を与えるか、という問題を扱ったものであり、やはり因果概念についての研究であった。さらに、台湾の台北市で行われた国際学会(The 4th Conference on Contemporary Philosophy in East Asia, National Chengchi University, Taipei, Taiwan, 11 August 2018.)にて、上記紀要論文の前段階となる口頭発表を、またポーランドのグダニスクでの人権国際会議にて「死者の人権」について口頭発表した。両者とも、死や死者という不在性が及ぼしうる因果的影響についての研究発表であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題「因果概念の分析に基づく責任帰属の哲学的研究-不在因果の問題を中心に-」は、タイトル自体が明示しているように、因果概念と責任概念の連関性を主題としている。その点で、「震災関連死の原因について」という論文を発表できたことは決定的に重大なことであり、当初の計画以上に研究が進展したと言える。そこにおいて、結果からの時間的距離、結果実現に要するコスト、原因行為遂行に要する必要時間、という三つのファクターに基づいて、原因指定の説得性度という程度概念を導入することで、問題の整理を行った。その結果、避難行動の弊害こそが、福島における震災関連死増加の原因として最も説得性が高い、という結論を導いた。この議論は、単著『英米哲学入門』において抽象的な形で展開したものであったが、「震災関連死の原因について」でそれを震災関連死という具体的な事象に適用したものである。私のこの議論は、単に理論的な解明というにとどまらず、将来類似の災害や事故が発生した場合に対する重大な教訓として機能するはずである。むろん、この議論は、震災関連死という痛恨の結末を招いてしまった「責任」の解明に直接資するものでもある。放射線被曝のみに過剰に反応し、避難行動の危険性について適切な予防を怠った関係機関や報道機関、そこに大きな責任があると言わなければならないのである。こうした成果を上げえたという点において、今年度は期待していた以上の進展を果たすことができたと自身で判断している。加えて、死者の因果的位置付けという主題についても、不在因果という観点から追求を深めることができた点も、予想以上の成果であった。死者について語ることは、果たしてどのように根拠づけられるのか。そこには、死者自身のオントロジカルな身分があり、それが原因となって成立していると考えることはできないか。そうした発想から私の議論は成り立っていたのであった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題「因果概念の分析に基づく責任帰属の哲学的研究-不在因果の問題を中心に-」を十全に遂行するには、「もし何々であったなら、これこれであっただろう」という過去事象に関する「反事実的条件文」の意義や構造を解明することが本質的に必要となる。なぜならば、「不在因果」というのは、不在として指示される事象が「もし実際に生じていたならば」という反事実的仮定を置くことで意味をなす因果関係にほかならないからである。そうであるならば、今後の本研究課題推進に当たって要求されることは、こうした反事実的条件文の解明である。私は、この問題を追求するに当たって、「思考実験」という、伝統的な問題系に視線を向けて、思考実験の構造の本質をなすものとして「反事実的条件文」を捉える、という視点から研究を遂行していきたいと計画している。まず、研究のとっかかりとして、イギリス・オックスフォード大学のTimothy Williamsonの思考実験論を分析することから始めたい。なぜ彼の議論を取り上げるかというと、Williamsonは、認識論で問題とされる「ゲティア問題」に焦点を当てながら思考実験の論理構造を析出するという問題設定のもと、思考実験に宿る反事実的条件的構造に対して一つの解明をもたらしたことで知られている哲学者だからである。私は、彼の議論を踏まえて、知識概念に宿る不在因果的側面を指摘していきたい。実際私は、2019年3月末に広島国際大学にて行われた「日本イギリス哲学会研究大会」にて、こうした着想の青写真について、会長講演というカテゴリーにおいて口頭発表を行ったので、すでにその方向での研究は開始されているのである。さしあたりそれは認識論の領域に関わる研究となるが、翻って、災害現象の因果的「知識」へと照り返されて、本研究課題の推進につながっていくと確信している。
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次年度使用額が生じた理由 |
少額の未使用費用が発生したが、それは単に、年度末に交付額ぴったりの執行が出来なかったがゆえである。計画全体に関わるような事態ではない。今年度において、必要な物品などに使用する予定である。
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