今年度は、新型コロナウイルスによる変則的な学会の開催という理由から、学会での発表はおこなわず、2本の論文の執筆に専念した。ひとつの論文では、社会的不正義をただすために、個人の潜在的態度に注目する「個体主義」と、社会構造に注目する「構造主義」とのあいだの対立に焦点をあてたものである。この論文では、最終的にこのふたつの対立する立場を包括的に捉えることができる視座を提供することを目的とする。もうひとつの論文は、「潜在的態度のありようにかんする近年の経験的発見と、潜在的態度からもたらされる行動の道徳的責任の帰属可能性をどのようにして整合的に理解することができるか」という問題を扱うものである。いずれも先行研究ではほとんど触れられていない論点を扱っており、潜在的態度をめぐる研究に大きく貢献しうると考える。どちらの論文も今年度を通じてかなりの程度まで書き進めることができており、英語論文として海外誌に投稿する見通しが立っている。 研究期間全体を通じた研究の成果は、以下の2点にまとめることができる。1. 潜在的態度からもたらされる道徳的責任の帰属可能性を「本当の自己」という考えの観点から批判的に考察することで、潜在的態度の道徳的責任をめぐる議論に新たな光を当てることができた。ここでの考察は論文「潜在的態度は「本当の私」なのか」において公表した。2. 2018年度と2019年度には学会発表を精力的におこない、とりわけ潜在的態度の道徳的責任をめぐる議論を考察するうえで欠かすことのできない、差別行動と潜在的態度とのあいだの関係について知見を深めることができた。その成果の一部は、論文「ロボット/AIは差別の対象となりうるのか」において公表した。
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