研究課題/領域番号 |
18K00015
|
研究機関 | 香川大学 |
研究代表者 |
齊藤 和也 香川大学, 経済学部, 教授 (20153794)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 閑暇 |
研究実績の概要 |
働き方の改革が叫ばれている現在、近代の労働倫理を越えるあらたな社会倫理として閑暇(余暇)の思想が求められている。トマス主義者ヨセフ・ピーパーは、知的な活動でさえ労働とみなされ、知識人が知的労働者となっている事態に警鐘を鳴らす。ピーパーは西洋文化の基礎に閑暇の思想があるとして、カトリック的な立場から近代の労働倫理を批判する。中世の神学では、人間が神の意志に従わずに自己の尊厳にふさわしい生き方を放棄し余暇を喪失したところから怠惰という大罪が生まれるとされる。閑暇は怠惰ではないのである。また閑暇は自由時間や休暇といった外的な事実なのではなく、内面的な休息やゆとりのことであり、存在するものに対して心を開きこれを受け入れる精神的な態度を意味する。創造の世界を心の眼で眺め善いものだと肯定するコンテンプラチオ(観想)が閑暇の本質であり、これは礼拝という祝祭行為によって内側から根源的な力を与えられる。閑暇は、礼拝を通して、労働の社会的組織や社会的過程に精神的に束縛されている人々を解放し、彼らが生命の根源に到達することを可能にするものである。 このような閑暇理解の先駆として、ピーパーはアリストテレスのテオーリアー(観想)を挙げる。アリストテレスは、人間の幸福論の中に閑暇(スコレー)を概念的に位置づけた。閑暇における活動は人生の目的としてその他の忙事がそのために実行される人間の最高の活動であり、それは観想活動である。人間の魂の能力は、栄養生殖、感覚運動、実践及び理論理性の能力を含むが、その最高の能力である理論理性は神的な能力として普遍的なものを認識する。閑暇において観想活動という生き方ができるのは、われわれのうちに、神的な能力である理論理性が存在しているからであり、できる限り、この活動を続けるべきであるとアリストテレスは主張する。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
30年度の計画では、アリストテレスの政治学書や倫理学書などから関連の箇所を精査して、理想国における閑暇の生活の具体像を再構成する予定であったが、論文としてまとめるまでには至っていない。アリストテレスにおいて、閑暇とは魂の理性的な能力が現実に働いて認識活動が行われる時間を意味するが、閑暇における生の過ごし方(ディアゴーゲー)については、テキストの解釈を巡って様々な見解が見られる(F. Solmsen, C. Lord, V. I. Anastasiadis など)。『政治学』において、理想国の支配層のあり方として、閑暇を過ごすこと(スコラゼイン)が国家の存立目標になっており、そこで必要な資質の中核として、ピロソピアー(哲学)が挙げられている。観想活動のできる人間は理想国といえども少数に留まるので、ピロソピアーの内容が神的な観想を行う能力のみではないことはほぼ意見の一致が見られる。閑暇において支配層が行う活動として音楽(ムーシケー)が明示的に挙げられているが、このほかに、諸科学の研究についても言及されている。これらの関係を明らかにする課題が残っている。これらの関係が解明されるなら、アリストテレスの閑暇の概念に「現代的意味における人間的教養に満ちあふれた生活」としての具体像を与えることができる。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度前半は、初年度の課題を完遂することが中心である。本年度後半は、ピーパーとアーレントの閑暇論に取り組む。近代の労働倫理は労働の神聖化をもたらしたが、消費社会が社会の全面を覆う時代に入って、労働の神聖化は影を潜めたとはいえ、これに代わって、消費のための労働へと人々は絡め取られている。悪無限に拡大する消費と労働の世界に人々が流されていくことを阻止するには、閑暇の生活の概念を確立して、人生の目的を明確にする必要がある。アーレントは『人間の条件』において、言論と行為を通じて自己を表現する公的世界を設定したが、『精神の世界』においては、いったん公的世界から退いたところに思考的世界を設定して、公的世界と私的世界との相互的関係としての人間世界を構想した。この世界が消費と労働の巨大な力に絡め取られないためには、生きるべき真の世界を確立し、消費と生産のサイクルをコントロールできる概念体系を形成する必要がある。ピーパー的な神の世界とアーレント的な人間の世界とをつなぐ回廊としての閑暇の世界を考察する作業が残されている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
今年度の旅費については、大学の経費で処理した。物品費については、退職するために、物品の購入を控えた。次年度は大学の経費がないので、主に学会旅費、図書購入、論文複写費として使用する。
|