研究課題/領域番号 |
18K00029
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
戸島 貴代志 東北大学, 文学研究科, 教授 (90270256)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 技・術・芸 / 手すき和紙 / 技術と芸術 |
研究実績の概要 |
目下、本研究では、哲学的・倫理学的見地からの複合的考察によって、土着的固有地域世界あるいは日本的職工世界を貫く中心的特徴を「技・術・芸」という概念を軸足にする仕方で捉え、そこから、安易な自然回帰や素朴な懐古趣味に陥らない日本独自の文化的特性を活かした技術観が獲得するという試みについて、和紙の制作現場における独自の技術世界の通覧というところまで研究を進めることができた。その際、宮城県の柳生和紙および福井県の今立和紙の手すきを見学・体験した際に、ひとりですく場合と二人で抄く場合とでは背景にある技術観に根本的な違いがあることが分かった。 日本文学的見地から見た技・術・芸のもう一つの思想的側面である世阿弥の芸能論と、心理学的見地から見た術や芸における人間精神の特徴づけという研究との連携に向けて、日本独自の技術観に対する積極的・肯定的な提言を試みた。 独自な歴史的背景を持つ日本のものづくり世界においても「技・術・芸」の階梯が存在するのではないか、また技でも術でもない技-術という世界的普遍性を特徴づけることができるのではないかという疑問に対して、手すきの現場における単独作業か否かという観点は重要なポイントとなることが確認できた。これまでの概略としては、[Ⅰ]現場観察・資料収集(和紙を中心に)(1)和紙、漆器、葛、こけしの製造工程の実地見聞および資料館等での資料収集。(2)補足として、染色や仏像の制作工程の実地見聞および資料館等での資料収集[Ⅱ]文献的・理論的根拠付け(以下の1と2を中心に)(1)「技、術、芸」の階梯性の事実確認と哲学的・現象学的考察および基礎文献研究。(2)技と芸とに挟まれる「術」の移行的性格に関する民俗学的文献研究と理論的考察。(3)現代科学技術の本質に関する哲学的研究(ハイデガー、ベルクソン、デリダ等)。 (4)連携研究者(心理学、日本文学)からみた「技・術・芸」。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
基本的に、平成30年度は全体的構想の構築が中心で、これに現地調査を基にした実際的かつ補完的研究が加わるのが31年度以降となる。とくに30年度以降は、全体の理論的修正、および研究協力者(現地案内人や、場合によれば現場の職人)との意見交換を踏まえた全体の理論的修正を30年度内に、また31年度前半までには連携研究(心理学、日本文学)との協同ができるところまで全体像を仕上げる予定となっている。このなかで、平成30年度に予定の「全体的構想の構築」について、「技・術・芸」の階梯性についてはおおむねその下準備ができたと思われる。しかしながら、単独作業か否かという、手すき和紙における制作現場での視点の重要性があらたに加わってきたことで、当初における予想とは若干異なった方向も見えてきている。すなわち、二人で巨大な和紙を息を併せて抄くという、単独作業にはなかった複数人数での共同的な「技・術・芸」という視点が、この後の研究においても重要なポイントとなると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
囲碁や将棋では「技・術・芸」という一連の上達の過程があるといわれる。武道やスポーツの例でもわかるように、一般に技は相手の一部に、術は相手の全体に対してかけられる。これをかける側から言うなら、小手先の技というように技においては自分の一部が、対する術においては自分のある種の全体(精神性も含めた全人格性)がそれぞれ発動しているともいえる。その意味では、技から術になるにしたがって、これらを施す主体の精神性や人格が関与してくる割合が増すといえる。これら技・術に対して芸では、「名人芸の域に達している」といわれるごとく、将棋ならば指し手の美しさや、勝負事では一連の動きの美しさが重要とされる。この場合は、もはや勝ち負けそのものが、あるいは相手の存否さえもが副次的なものになると思われる。すなわち、技でも術でも、当の技や術という行為がいかなる結果(効果、成果)を生むかが関心の的となっているのに対し、相手を問わぬ芸においてはもはやこの種の関心は薄れ、自分の行為自体が目指されるべき目標となるわけである。芸においては行為の外部に行為の目標があるのではなく行為そのものが目的となる、と言い換えてもよい。かかる視点から、独自な歴史的背景を持つ日本のものづくり世界においても同様の「技・術・芸」の階梯が存在するのではないか、また技でも術でもない技-術という世界的普遍性を特徴づけることができるのではないか、という当初抱いた問題意識を、和紙制作における単独作業か否かという点も含めて深めてゆきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初購入予定だった書籍が職場の図書館に所蔵されており、また手すき和紙の見聞に案内役として計上していた謝金が不要であった。これらにより1万数千円分の残が出たものと思われるが、おおむね計画通りの予算執行であった。生じた次年度使用額は、和紙の制作における単独作業か否か、という視点をより探究するべく新たな和紙制作見聞にあてる。
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