本研究は、「当事者の観点に基づいたカント倫理学の変換」を研究課題としている。倫理学史上、曖昧にされてきた「当事者」概念や「観点」概念を分析し、それらの整理を通してカント倫理学に新たな解釈を与えることを目指している。考察の手がかりとして参照する先行研究分野は、主に次の二つである。第一は、討議倫理学によるカント倫理学のコミュニケーション論的変換とそれをめぐる最近の論争である。第二は、現代英米圏で展開されている、カント倫理学に関する二人称的観点からの解釈と一人称的観点からの解釈における論争である。 2021年度においては、特に二つの作業を進めた。一つは、尊敬概念についてのカントの議論を、行為者の観点に着目しながら整理することである。尊敬概念は、三つの著作『人倫の形而上学の基礎づけ』、『実践理性批判』、および『人倫の形而上学』において、少しずつ異なる点が重視されながら展開されている。それぞれ、絶対的価値の側面、感情の側面、そして他者に対する関係という側面である。さらにこれらは、尊敬する者と尊敬される者において意味や役割が異なり、また当事者的である場合と第三者的である場合においても異なってくる。こうした違いについて、ひととおりの整理を進めることができた。現在論文として執筆中である。 もう一つは、当事者の観点分析の成果として、ダーウォルの二人称的観点に関する論文を執筆した(「ダーウォルの二人称的観点と非人称性」)。ダーウォルは倫理的な行為の観点が二人称的であると論じるが、他方で、その観点は正当化可能でなければならないため、そこに非人称性も要求している。この事情を分析することにより、当事者の問題と第三者の問題を解きほぐすことができる。当該論文では、人称性の絡み合いと、関与する人物の違いに特に着目することで考察を行った。ダーウォルによるカントの変換の意味も、これによって分析が前進した。
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