研究課題/領域番号 |
18K00042
|
研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
川瀬 雅也 島根大学, 学術研究院教育学系, 教授 (30390537)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 多文化性 / 間文化性 / 宗教 / コムニタス / 開かれた社会 / 我と汝 / 境界性パーソナリティ障害 |
研究実績の概要 |
本研究は、国際社会における錯綜した多文化社会の状況を背景として、文化を人間の共同性に基づくものと理解し、この共同性や文化についての人文社会学的研究、および、生の現象学と臨床哲学における哲学的解釈をもとに、現在の多文化社会化の本質的要因と今後の多文化社会で要求される共同化のあり方について検討するものである。 そのうち本年は、宗教的対立が社会的抗争や暴力に結びついている現在の社会的状況を踏まえて、宗教性と共同性の関係に焦点をあて、文化人類学、生の哲学、精神病理学、そして、精神療法の観点から、間文化性と宗教性の関係について研究した。 とりわけ着目したのは、文化人類学者のターナーが「コムニタス」と名付け、また、ベルクソンが「開かれた社会」と呼ぶ共同性のあり方である。一般に、「文化」とは、人間の生活をとりまく事象に諸々の区切りを入れ、それを意味づけること、あるいは、そうした区切りの産物だと言えるが、こうした文化は、特定の共同体によって伝承されることによって、本来の意味での「文化」として形成される。宗教も、文化の一形態として、そうした「閉じた共同体」に根ざす側面を持つと言える。 しかし同時に、ベルクソンが「開かれた社会」と名付ける社会やそれに固有な宗教、あるいは、ターナーが「コムニタス」と名付ける共同体やその宗教的性格のうちには、文化や宗教が特定の共同体や社会に閉じ込められず、人類全体へと開かれてゆく傾向を認めることができる。 本年は、とりわけ、こうした「開かれた次元」に着目し、その特質がどこにあるのか、それを可能にする他者関係とはいかなるものか、さらに、この開かれた次元の欠如が人間の本質にいかなる影響を与えるのか、などについて、ターナー、ベルクソンの他、ブーバーの「我ー汝」関係、また、河合隼雄や木村敏の境界性パーソナリティ障害についての研究をもとに検討した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、11月に、ベルギーのルーヴァン・ラ・ヌーヴで開催された国際コロック"penser LE MONDE et l'habiter" に参加し、研究発表を行うことができた。そこでは、ミシェル・アンリの「世界」概念である「生の世界」(monde-de-la-vie)を、木村敏の共通感覚論をもとに再解釈することを試みた。こうした研究は、多文化社会における人々の共同性のあり方について検討するための礎石になりうるものであり、その意味で、今回、国際学会において、こうしたテーマで発表し、参加者とディスカッションできたことは、本研究の進展にとって、たいへん大きな成果だった。 また、3月には、本研究に関連する研究プロジェクトであり、研究代表者もメンバーとして所属している、科研費基盤研究B「間文化性の理論的・実践的探求──間文化現象学の新展開」(H26~30)の活動として実施されたワークショップに、コーディネーターとして参加する機会を得ることができた。本年度の「研究実績の概要」に記述した内容は、主に、このワークショップを機に、研究した内容をまとめたものであり、その意味でも、このワークショップをオーガナイズできたことは、本研究課題にとっても、非常に大きな意味のある取り組みであった。とりわけ、研究代表者とともに、ワークショップにパネラーとして参加して下さった先生方とのディスカッションは、今後、本研究を推進していくうえでの方向性についての大きなヒントを与えてくれた。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の研究は主に以下の二つの方向性をめざして進めることを計画している。 1)まず、ゲルナー、アンダーソン、スミス、ホブズボームなどの、いわゆるナショナリズム論や構築主義の検討を通して、近代以後の共同体の特質をあぶり出すと同時に、そうした共同体のあり方が、現在における多文化社会の問題点といかに関わっているかについて検討する。これによって、現代の多文化社会の根がどこにあるのかを、本質的な観点から、明らかにしたいと考えている。 2)また、近代以前から以後にかけての共同体のあり方を、哲学者たちがどのように理解していたのかを明らかにするため、ヘーゲル、およびマルクスの国家論、共同体論(アソシエーション論)を検討する。この研究は、ミシェル・アンリのマルクス解釈に関する考察を意義あるものにするための準備の作業をも兼ねており、今後、研究を進める上で、大変重要な作業となる。 こうした二つの方向性の研究を固めた上で、その成果を、多文化化する現代社会において要求される共同性のあり方についての研究へとつなげてゆきたいと考えている。
|