研究課題/領域番号 |
18K00047
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研究機関 | 國學院大學 |
研究代表者 |
木原 志乃 國學院大學, 文学部, 教授 (10407166)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 古代医学思想 / 古代ギリシア哲学 / ヒッポクラテス / 身体 / 女性 / レトリック |
研究実績の概要 |
本研究は、古代ギリシア医学における病についての文脈の中で、女性の身体がいかに語られ見出されてきたのかを、当該テキストの文献学的分析を通して哲学的視点から明らかにすることを目指すものである。 令和元年度は、前年度の研究成果に基づきつつ、論文「ヒッポクラテス医学における女性の身体」を『古代哲学研究』に掲載し、さらにいくつかの学会発表や論文執筆を通して古代医学思想の様々なトピックを取り上げて考察した。まず、8月に行われた古代哲学会談話会においては、医学思想における女性の身体理解について、『古代哲学研究』掲載論文を巡り、質疑応答を通して会場から多くの示唆を得た。 また令和元年度のギリシア哲学セミナーの学会発表においては、ヒッポクラテス医学のパイデイアの思想の独自性に注目し、教養の力の源に置かれたヒッポクラテスの医術の本質を再考した。医学の知がいかにレトリックと密接に結びついていたか、病の癒しにおいて、専門家と素人、さらには医者と患者の双方の「語り」がどうあるべきだとヒポクラテスの医学派たちが考えたかの考察を通して、現代医学におけるナラティブの重要性をも指摘した。 さらに、東北哲学会では、「生命倫理の背後にある生・死・死後の観念」というテーマのもと、「西洋古代医学思想における魂と死」と題し発表した。そこにおいては、古代哲学医学思想における死生観、とりわけ安楽死や脳死の問題を古代ギリシア医学および哲学の文脈においてとらえ直したとき、どのようなことが言えるのかについて検討した。歴史を溯原しつつ多角的な視点から考察することを通して、古代医学からの伝統的な流れを汲む生命倫理学に関して、我々が今日一般に前提としている一つの知の枠組みを相対化する視点を探ることを目指した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度に引き続き、古代ギリシア医学思想における女性理解について、ヒッポクラテス医学文書を中心に考察を進めてきた。まずは個別の医学テキストに語られている女性の身体についての見解を丁寧に検証した。そしてそこからうかがえる医者の視点とは別に、テキストに浮かび上がる患者の側の女性の声についても明らかにすることを努めた。女性医師の存在、産婆の存在などにもこれまでのいくつかの論考で言及してきたが、古代の医療現場における女性の役割については、近年の研究においていっそう注目されてきており、さらなる資料に基づいた考察を進めてゆきたい。 以上のように、本研究に関わる最も重要な研究成果としての「医学思想における女性理解」については、平成元年前半に『古代哲学研究』に論文掲載し、年度の後半はさらに問題関心を広げながら考察を行なった。具体的には、古代医学におけるレトリックの問題や死生観をめぐる諸問題について扱い、その研究成果はそれぞれ研究誌に掲載済み、あるいは掲載予定である。 研究計画に即して2年目の研究は予定通り進めてきたが、最終年度を迎えるにあたって、感染症拡大の影響を受けて学会の中止が相次ぎ、今後の研究成果を発表する場も制限され、いくつか計画の修正を迫られてもいるのが現状である。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にはこれまでの2年間の研究成果を踏まえて、ギリシア医学思想の女性の理解に関してさらなる取りまとめを目指すとともに、引き続き倫理的側面、教育的側面に焦点を当て幅広い観点から医学史研究を進める予定である。 まず、前年度に東北哲学会で発表した内容を論文に掲載することを予定している(「西洋古代医学思想における魂と死」)。その際、研究の視座を古代にとどめてしまうのではなく、脳死や安楽死を中心に生命倫理関連の近年の研究動向を踏まえながら、あえて古代医学思想に溯原する意義を見据えつつ考察することが目指される。 またトゥキュディデスの歴史書の記述やヒッポクラテス文書の『エピデミアイ(流行病)』などに記録された病の検討を通じて、古代の疫病や感染症の歴史を明らかにしたい。アテナイの疫病の流行やヒッポクラテス医学が扱った各地の病の流行からすでに2500年が経過し、人類は様々なパンデミックの危機と何度も向き合ってきた。この「感染病との戦いあるいは共存」の中で、改めて古代のテキストに基づいて「病い」や「医術」について考察し、医の本質を見つめ直すことは、現代医療技術が進んだ現代だからこそ喫緊の課題であるとも言えよう。なお、本研究で予定されていた遠方での調査研究は難しい状況で、当初の計画を変更して旅費を書籍購入費として使用する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
注文した書籍の発行が遅れ、次年度以降に持ち越しとなった。なお文献渉猟等の目的での渡英も現在の状況を考慮して、延期あるいは中止し、そのための費用は研究書籍や機材の購入にまわしたい。
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