本研究課題の最終年度である2021年度に、報告者は著書『浄土の哲学――念仏・衆生・大慈悲心』(河出書房新社、2021年8月刊、全270ページ、書下ろし)を出版した。初年度にすでに刊行した『他力の哲学――赦し・ほどこし・往生』(同前、2019年2月刊、全249ページ)の続篇である同著書は、たんなる神話的言説として理解されがちな日本中世浄土教を、ジャック・デリダおよび近現代ヨーロッパ哲学に接続しつつ分析することで、その根本諸概念を現代化し、今日においてこそ実効性をもつ新たな批判的思考を錬成する試みである。 法然の説いた称名念仏が「前未来(未来完了)」をその特有の時間構造とする行為遂行的言表であり「決定不可能命題」(ゲーデル)であること、親鸞における「自然法爾(じねんほうに)」という〈信〉が阿弥陀仏という無限の力能へ留保なく内在することに存し、それは「能産的自然」たる「神」(それは超越的人格神ではまったくない)へ内在しその「必然」を生きるべきことを説いたスピノザの倫理学と等価であること、一遍における「踊り念仏」がデカルト的心身二元論を打破して精神による身体の中枢的統御から身体を解放し、独自の心身並行論をとおして被差別の民を抑圧的道徳観念の外で肯定する反-差別の集団的実践であること――これらの仮説的問いを立て、その仮説を完全に論証することに同著書は成功した。 日本中世浄土教にまったく新たな光をあてその解釈史に変更を迫る同著書は、仏教界に強いインパクトを与え、学会シンポジウムにおける発表や講演への複数の招待、および仏教系とキリスト教系の媒体への寄稿依頼へと結びついた(後掲のリスト参照)。さらに、上記と同じ出版社において3部作となる新たな著書の企画が全社的会議において承認され、出版がすでに正式に決定している。
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