本研究はマハーラーシュトラ州北部のゴーダーワリー川流域およびヴィダルバ地方において展開したマハーヌバーヴ派の帰依思想を主題とする。チャクラダル・スワーミーと呼ばれる人物によって13世紀に創始されたとこの教団は,正統的なヒンドゥー教において唱導される教理や規範,慣習を否定して,平等主義的な独自の救済論を提示することで当時の民衆の支持を受けて大きく発展したとされる。本研究では,この教団が主張する最高神への帰依の思想が根本聖典『リーラー・チャリトラ』の中でどのように提起されているのか,そしてこの帰依思想がどのような思想的ルーツを持つのかという問題を検討した。 この派の根本聖典『リーラー・チャリトラ』は,「エーカーンカ」「プールヴァ・アルダ」「ウッタラ・アルダ」という三部から構成されている。本年度は,思想的に重要な記述が多く認められる「ウッタラ・アルダ」を中心的に取り扱うことになった。すでに研究の最終年度となっているため,現地における写本調査等は実施せず,当該テキストの分析・翻訳作業および周辺テキストとの関係の考察などを執り行った。 その結果として『リーラー・チャリトラ』における帰依思想では,その前提としての出家主義や,神の想起(スムリティ)の実践などが重視されており,そこには中世ヒンドゥー教以来の思想的伝統や,中世に成立したプラーナ文献に見られるバクティからの影響が強く見て取れることが明らかになった。そして『リーラー・チャリトラ』に断片的に示されたマハーヌバーヴ的帰依思想は,その後に展開した『スートラ・パート』『スムリティ・スタル』などの初期聖典群において体系化されたのであろうという見通しが得られた。
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