研究課題/領域番号 |
18K00066
|
研究機関 | 身延山大学 |
研究代表者 |
槇殿 伴子 身延山大学, 国際日蓮学研究所, 研究員 (40720751)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | チベット仏教 / 埋蔵経 / マニ・カンブン / 建国神話 / 六字真言 / 観音信仰 / 仏教前伝期 / ソンツェンガンポ王 |
研究実績の概要 |
本研究はチベットの埋蔵経典に描かれた建国神話伝説の中に仏教思想を読み解くことを目的としている。特に、本研究では埋蔵経典の中でも「マニ・カンブン」を取り上げている。その思想史上の特徴、並びに現存する7つの版についての主要な特徴については「『マニ・カンブン』の諸版について」(『佛教学』第59号、2018年4月)に発表している。思想史上の特徴として重要なのは中観密教の教義である。諸版の特徴を見るため、フランツ・カール・エールハルト(2000, 2013)が指摘した、16世紀初頭に出された「王立版」以外の諸版も含めて比較し、校訂テキストの試作を行った。5月にはパーリ学仏教文化学会(於龍谷大学大宮キャンパス)にて「チベット埋蔵経典 『マニ・カンブン』 における初期仏教についての記述─チベットにおける「ヴェッサンタラジャータカ」の伝播と変容─」と題する口頭発表を行い、「パーリ学仏教文化学」(32号、2018年12月)に成果を発表している。ここでは「マニ・カンブン」に記述された、チベットの古代王統史を含む建国神話伝説における王の伝記部分中の、初期仏教の本生譚を模倣した記述に着目し、特に布施王子として有名なヴェッサンタラの改作本を取り上げ、その思想上の特徴としてチベットの大乗仏教への変容を指摘した。同年7月と8月にはネパールにおける現地調査を敢行した。そこで、ニンマ派の寺院で行われた、ニンマ派とチベット仏教伝来の祖とも言えるパドマサンヴァバの儀軌に参列し、カギュ派寺院において中観密教の教義について仏教学院のケンポから教えを聴聞し、さらに、「マニ・カンブン」の平行句が見られる「カ・チェン・カ・コルマ」の手書き写本を楷書に直す作業を行った。この調査の成果については、「ネパールにおけるフィールドワーク-ネパール大地震から3年」(『身延論叢』24号、2019年3月)に発表している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究において、研究期間内に達成すべき具体的目標として次の3点を設定している。(1)各宗派から出版された木版印刷版の比較研究に基つく原典研究を行う。具体的には、『マニ・カンブン』の批判的校訂テキストと和訳を完成し、その索引を作成すること。(2)(1)を基礎資料として、『マニ・カンブン』に描かれた建国神話伝説の読解を行う。この作業を通して、仏教がチべ;ットに伝来した当時の原形態について考察し、神話や古代チべット王の伝記・英雄譚の中に記述された、前伝期の仏教伝来の様相がどのような意図を持って描かれているかについて解明すること。(3)『マニ・カンブン』に引用されたインド仏教の経典の解明を行う。このことによって、イントド伝来の仏教がチヘ受容される過程を解明する。とりわけ、仏教が土着化する過程で一般民衆への布教の礎石となった思想を解明する。上記の三点の達成目標のうち、(1)の校訂テキスト作成については、試作を『佛教学』(第59号、2018年4月)に発表している。ただし、米国議会図書館蔵のムスタン版については未入手である。さらに、(2)(3)についても、インドにおける初期仏教の経典がチベットで土着化して受容された様をヴェッサンタラジャータカの改作本の読解を通して指摘した(『パーリ学仏教文化学』第32号、2018年12月)。ヴェッサンタラジャータカについてはチベットの古代王統史に関わる記述部分であるため、仏教伝来とそれを取り入れたチベット王との深い関係を示唆する重要なエヴィデンスとなりうる。この成果をパーリ学会誌で発表できたことは研究の拡がりにつながるものとして高く評価する。さらに、7月から8月にかけて行った、ネパール調査において『マニ・カンブン』の平行テキストである『カ・チェン・カ・コルマ』のウ・メ写本をウ・チェンに直す作業に成功した。
|
今後の研究の推進方策 |
まず、前年度からの継続的な作業を遂行していく。具体滴には『マニ・カンブン』の「偉大なる歴史章」を読み進める。当初の計画として、(1)『マニ・カンブン』の現存する7つの木版印刷版を比較研究し、各木版印刷 版の特徴を分析し、系統樹を作成する。 (2)『マニ・カンブン』の「偉大なる歴史章」(34章)の校訂テキストを作成し、 和訳する。(3)(2)に引用された経典の平行句の研究を行う。具体的にはインドの初期密教経典『カーランダ・ヴューハスートラ』との比較研究を行い、日本宗教学会(於帝京科学大学)での発表を予定している(応募中)。この研究を通して、インドに起こった観音菩薩信仰の汎アジア的な拡がりに着目しつつ、チベットにおいては観音信仰が建国神話伝説に絡められて王統史を形成するための礎石となっていることを、埋蔵経という土着文献の読解を通して明らかにしていく。研究の成果は以下の学会発表並びに論文として発表していく所存である。まず、7月に行われる国際チベット学会への出席・発表を行い、『マニ・カンブン』における「ヴェッサンタラジャータカ」について、国際的な場において海外の研究者たちと考えをシェアしたいと考えている。8月にはインドでの学術調査を行う。カギュ派の寺院を訪問し、博士家庭研究中から師事しているケンポのもとで、中観密教の研究を行う。この成果については、9月には印度学仏教学会(於佛教大学)で成果発表を行う。さらに『マニ・カンブン』に取り入れられたインド仏教の典籍の平行句研究を推し進める。ムスタン版入手にも継続的に試みるが米国議会図書館の事情もあるため、入手済みの6版において校訂テキストを完成することもありえる。ヴェッサンタラジャータカなど初期仏教経典の、チベットでの受容と変容の形を探求することで、当初の計画を上回る成果も期待できる。
|