現在伝わる『マニ・カンブン』の木版印刷版のうち北京版を除く6版における「偉大なる歴史章」を比較研究を通して、6版は「偉大なる歴史章」第三十五章の引用経典の違いから、プナカ版とそれ以外の2つに大別でき、さらにその2つはジェプン版、デルゲ版、ウランバータル版のグループと、ムスタン版、グンタン版のグループであると判明した。『マニ・カンブン』は密教の浄土経典である。その特徴として観自在菩薩の功徳と六字真言の効用を説くこと、六字真言の教えがチベット密教のチェンポ・スム(マハームドラー、ゾクチェン、大中観)の教えと緊密に関連して説かれること、如来蔵系経典であること、自心仏と即身成仏を説くこと、布教の対象者に五無間(五逆)の罪を犯した者を含むこと、密教が、救済の特徴を拡大したことを確認した。『マニ・カンブン』に引用された観自在菩薩の二十一経典には除災と、五無間(五逆)を含む罪の滅が説かれている。中でも、『カーランダヴューハスートラ』が観自在菩薩の六字真言による五無間の滅と、極楽浄土への往生を同時に説く経典として、『マニ・カンブン』においては根本聖典のような役割を果たしていることを指摘した。本書の研究成果の一つが、『マニ・カンブン』に現れる「自心仏」という用語とその意味についての考究である。『マニ・カンブン』では、この「自心仏」という用語は、ゾクチェン、マハームドラー、大中観という密教の教義と連携して説かれ、即身成仏として理解できる教えである。「自心仏」という用語は日本密教における真言宗や天台教学で議論されていることから、この教えの源流を探ることにより、チベット密教と日本密教における接点が見出され、この源流に遡ることによって、前伝期チベット仏教の思想を再構築できるのではないか、この再構築を通して、後伝期チベット仏教がどのように変化し、展開したかを明確にすることができるのではないかと考える。
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