本研究ではカシミールに広まった有部系のアヴァダーナ文献と、東南アジアで写本が発見されつつあるパンニャーサ・ジャータカという文献群を核としながら、インド北部からチベットや中国の雲南地方を経て東南アジアに至るまで、各地に残る遺跡などを参照しつつ、仏教説話が如何に広まっていったかを解明することを目指した。 本年度は先年に引き続き、研究の中核となるアヴァダーナ文献の翻訳を行った。『アヴァダーナ・カルパラター』に説かれる「釈迦族の系譜の物語」の翻訳研究を完成し、主題を同一にするほかの文献と比較検討を行った。さらに関連する美術作品の例を網羅的に収集し、文献と絵画におけるモチーフの検討を行い、絵画に書き込まれる銘文の典拠を同定した。 最終年度となる本年は、これまでに翻訳した『アヴァダーナ・カルパラター』の各章をまとめ、翻訳と文献解説および論考を収録する報告書を作成し出版した。論考においては説話の材源、韻律、美術作品について解明がなされた。さらに具体的には、個別の説話物語に関しての以下の二点の論考を含んだ。一つは、文献の編者が挿入した詩節が、編者の著作姿勢を顕著に示すことを指摘する論考であり、もう一つは、美術作品において、様々な並行するテキストが、典拠となった文献とともに用いられていることを指摘する論考である。『アヴァダーナ・カルパラター』はまとまった形での書籍の刊行がこれまでになかったため、総括的な研究としては本書が初めての書籍となり、画期的な成果が得られた。
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