2023年度は、これまでの研究蓄積に新たな研究を加えて、以下の成果を得た。 (1)スペイン神秘主義の中心人物である十字架のヨハネの『光と愛の言葉』を新たに翻訳し、現代の卓越した神秘主義研究者ミシェル・ド・セルトーによる同テクストの読解を参照しての注解を行った。近世と現代の神秘主義をめぐる相互影響という、本研究の問題関心を典型的に示した論考である。(2)十三~十四世紀スペインの神秘家ライムンドゥス・ルルスの、キリスト教とイスラームの対話的宣教思想についての研究を完成し、講演と論文執筆を行った。中世における宗教間対話のあり方を明確化することで、現代の同様の実践が直面する問題の根源を明らかにした。(3)現在は「宗教」および「哲学」についての近代的理解が大きく揺らいでいる、との認識のもと、古代・中世における哲学と宗教の関わり方をめぐる学会講演を行った。これは、スペイン神秘主義の現代的受容のあり方と現代的構築性を明らかにするという本研究の課題を、より大きなパースペクティブで展開したものでもある。(4)スペイン神秘主義の近現代における読まれ方を広く紹介し検討する記事をキリスト教系の小雑誌に連載した。雑誌の性格上、学術論文の体裁はとっていないが、内容は本研究の成果を最も端的に公開するものである。2024年度も連載を継続する。(5)研究成果の海外発信を目的に、バルセロナの二つの大学を訪問し、ジローナ大学では、スペイン神秘主義の現代における創造的受容者といえるライモン・パニカーについての講演を行った。講演は、西欧と東洋の神秘思想ないし宗教思想の現代的交流のあり方を探るものであり、今後の研究交流の一環となることを期している。 コロナ禍により研究期間が延長されたことで、却ってじっくり研究を進めることができた。まだ論文や書籍として刊行できていない研究成果がかなりあり、可及的速やかな公開に努めたい。
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