研究課題/領域番号 |
18K00099
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
高久 恭子 (中西恭子) 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 研究員 (90626590)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 古代末期地中海世界の宗教史 / 西洋古典受容史 / キリスト教古典受容史 / アクター・ネットワーク理論 / 宗教現象学 / 新プラトン主義 / 歴史叙述 / 近代的学知と宗教 |
研究実績の概要 |
まず、20世紀のカトリシズムにおいてキリスト教古典の発掘と再解釈を教団宗教の信仰と近代的学知の相克と再生の文脈に展開したRessourcement Theologyの潮流について、活動の概観を得る調査を行った。2020年3月から5月にかけてオリエンス宗教研究所刊の雑誌『福音宣教』に短期連載「よみがえるテイヤール・ド・シャルダン」を寄稿し、Ressourcement Theologyに従事した宗教者・研究者らの精神的支柱となった古生物学者・イエズス会司祭、ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの事績とその再評価の方途を論じた。 古代ローマ宗教の多層性と宗教現象の生成の場をアクター・ネットワーク理論とミシェル・ド・セルトーの「適用」概念を援用して論じる「生きられた古代宗教(Lived Ancient Religion)」研究の提唱者であるイェルク・リュプケ教授(エルフルト大学)が2019年9月に同志社大学で行った講演録に基づく論考「都市的宗教 -歴史的視座から見る宗教と都市-」を同志社大学一神教学際研究センター(CISMOR)の依頼により翻訳し、同センター紀要『一神教学際研究(JISMOR)』に掲載した。 歴史叙述にかんしては『ユリイカ』編集部(青土社)の依頼を受けて論考「修辞と予型、ほんとうの物語 古代末期地中海世界における偽書的思考」を同誌2020年12月号「総特集・偽書の世界」に寄稿した。ここでは古代末期における歴史的権威の根拠としての古物愛好的思考や予型論的思考の論理を概観し、オウィディウスとウェルギリウスの継受と再解釈に加えて、コンスタンティヌス伝説の形成を軸にその実態を論じた。 西脇順三郎の西洋古典・キリスト教古典受容について日本宗教学会大会で報告した。また、白水社から刊行予定のエドワード・ワッツ『ヒュパティア』の訳稿を完成させた。刊行に向けた作業に取り組んでいる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
すでに2020年2月にはCOVID-19の流行のために、ロンドン大学先端研究所内古典学研究所図書館・ウォーバーグ研究所図書館ならびにブリティッシュ・ライブラリーにおける海外文献調査を断念せざるをえなかった。この調査によって、本研究課題の本来の最終年度であった2020年度に成果公表を行うために必要な調査結果を得るはずだったが、それがかなわなくなったため、2019年度末の段階で2020年度の研究計画の大幅縮小を余儀なくされた。 2020年度にはCOVID-19の流行と文献へのアクセス状況はさらに悪化の一途を辿り、国内図書館へのアクセスが制限されたばかりか、海外渡航が不可能になったため、2020年11月および2021年2月にロンドン大学先端研究所内古典学研究所図書館・ウォーバーグ研究所図書館ならびにブリティッシュ・ライブラリーで行う予定であった海外文献調査も全面的に断念した。本研究課題開始時に予定していた古代末期の教養文化における宗教概念像・宗教思想像にかんする悉皆調査が叶わなかったことははなはだ遺憾である。 COVID-19防疫対策下における研究活動の制約のなか、2020年度には依頼原稿の執筆と翻訳依頼の準備を通して研究成果の公表を行った上で、現在把握している調査結果を整理して古代末期の教養文化における宗教概念像・宗教思想像の概観を提示することを目標に、単著執筆の構想に着手した。Ressourcement Theologyの調査を進めてテイヤール・ド・シャルダンとその同志たちの思想についてある程度の見通しを得るきっかけを得たことも、古代末期における偽書・偽史的思考を通して歴史叙述について考察するきっかけを得たことも予想外の進展であった。図書館での文献調査に大きな制約があるなかでの単著執筆には充分な執筆時間が必要であるため、2021年度末には本研究課題の研究期間延長申請を行った。
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今後の研究の推進方策 |
以下にあげる三つの方針に沿って、今後の研究を展開する。 (1)前年度にひきつづき、古代末期の教養文化における宗教観の潮流の概観を提示する作業を行う。注目する対象は、紀元後3世紀から6世紀において、著者の宗教的帰属を超えて思想や文学に託された「聖なるもの」の表象の事例や、その歴史的権威の根拠をめぐる思考である。特に、新プラトン主義の事例を中心に、宇宙観・自然観や抽象概念の寓意像化の継受の過程を概観できればと考えている。 成果の公表は、この主題を概観する単著と、従前からの課題であった一般読者向けのユリアヌスの評伝の執筆を通して行う。現在、刊行に向けて企画を提案中である。一般読者向けのユリアヌスの評伝では、古代末期の「哲学」とりわけ新プラトン主義における宗教思想と社会的現実の関係の事例の描出や、「背教者」像と「学知の擁護者」像の形成をめぐる歴史叙述の形成過程への言及も試みる。エドワード・ワッツ『ヒュパティア』の翻訳書の刊行も、当時の著作家たちの宗教的帰属を越えて共有される学知としての「哲学」の布置の紹介に貢献する。 (2)「古典の受容と継受」の観点から、ルネサンス以降における「古代末期の諸宗教」の描写の変化をどのようにとらえるか、基礎的な見通しを得る。特に、Ressourcement Theologyに拠るキリスト教思想の近代化の過程における学知の擁護とキリスト教古典の援用・再解釈についても知見を深め、適切な成果公表の方途と機会を模索する。 (3)「生きられた古代宗教(Lived Ancient Religion)」の分析・叙述理論に関する洞察を深め、実践の可能性を探る。アクター・ネットワーク理論とミシェル・ド・セルトーの宗教理論がこの理論の重要な支柱となっているため、両者の「生きられた古代宗教」への援用について考察し、方法論と実践の明快な解説を提供することを当面の目標とする。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19の流行により、ロンドン大学先端研究所内古典学研究所図書館・ウォーバーグ研究所図書館およびブリティッシュ・ライブラリーにおける海外文献調査を断念せざるをえなくなったため。 次年度は主に文献収集費用として、また研究成果公開の印刷費として用いる。
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