研究課題/領域番号 |
18K00104
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
上尾 真道 京都大学, 人文科学研究所, 研究員 (00588048)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ジャック・ラカン / 女性的享楽 / サントーム / エルネスト・ラクラウ / ジュディス・バトラー |
研究実績の概要 |
2018年度は主に二つの観点から研究を進めることができた。 第一に1970年代以降のラカン、およびラカン以後の精神分析について、社会背景や思想史的文脈を踏まえつつ、その意義について確認する研究を実施した。そこではまず、68年5月をひとつの転回点として、いくつかの面から、包摂的な制度パラダイムの展開が生じてきたことが確認された。これは次の三つの一般化の傾向として記述できる。1)大学制度の内部での知的主体性の規格化。2)普遍的資本主義のもとでの享楽疎外の(フェティシズム的)全面化。3)メンタルヘルス体制の敷設に伴う「危険」の統治の一般化。以上の兆しが70年代初頭にすでに問題となったことに対して、ラカンの理論的応答としては、享楽の男性論理と女性論理の区別が重要である。これにもとづけば、70年代の包摂的体制は、排除を是としつつ全体を確保することによって二律背反をそれとして可能ならしめる男性論理が、一般化される契機として検討されうる。他方、女性論理は、全体化の否定を通じて、二律背反を、排除ではなく、むしろ己の分割の二重性として生きる状況を、問題化するものと考えられる。この後者では、情動概念の射程が、抑圧と関連づけられる前者と異なる仕方で検討されねばならない。研究では、これと関連して、現代心理臨床の「症状」論、70年代ラカンの「サントーム」論の検討、およびフランスの精神分析家C.ソレールの「現実的無意識」概念の検討を行った。 第二には、こうした理論的展望のもと、ポスト・マルクス主義的な政治理論についての考察を展開した。そこではとりわけエルネスト・ラクラウのラカン受容を批判的に検討したのち、ラカン理論の影響圏にあるフェミニズム理論(L.イリガライなど)へのジュディス・バトラーの参照の意義を再評価する試みを実施し、社会思想を情動理論を通じて裏付けるための議論の土台を整理した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2018年度の研究によって、70年代以降のラカン、およびラカン派精神分析の思想・実践・運動の理解については、その後のフランス哲学、フェミニズム思想・政治思想への影響といった思想史的観点から見ても、十分に広い展望がひらけてきたと言える。他方で、本研究をより一般的な現代的議論へと接続するための情動論の哲学史的整理については、準備的な文献読解は実施したものの、当初の予想と比べると、納得できる程度まで知見を深めることができたとは言えない。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度には、2018年度に少しの遅れをとった情動論の哲学史的な整理に力を割きつつ、精神分析思想との接点を構築する作業に着手する。そのために1)B.マッスミ、C.マラブーなど現代の哲学者の議論を参考としながら、デカルトから、スピノザ、カントを経つつ、デリダ、ドゥルーズらフランス哲学に至るまでを視野に納めた、触発論、情動論の整理に取り組む。2)またそうした整理の作業と並行して、20世紀以降の精神医療史・社会史・紛争史の具体的な議論を拾い上げながら、現代的情動論の背景としてのケア-ショックの二重体制について、理解を深める。3)以上を通じて得られた現代的な思想史的展望のうちで、改めて20世紀におけるフロイトと精神分析の登場の意義を検討し、そのうえでラカン、およびラカン以後の精神分析が提示する情動の問題を、今日的文脈へと接続して考察する。
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