研究課題/領域番号 |
18K00104
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
上尾 真道 京都大学, 人文科学研究所, 研究員 (00588048)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | マルクス / 性関係 / フロイト / 痛みとしての情動 / アール・ブリュット / プリンツホルン / ランシエール |
研究実績の概要 |
2019年度は三つの論点を通じて現代社会における精神分析的情動論の研究を進めた。 第一に、1968年以降にジャック・ラカンが行ったマルクス読解を、性革命とも呼ばれる、20世紀の親密性の変容をめぐる政治哲学的文脈に位置づける研究を実施した。まずラカンのマルクス読解がいわゆる初期マルクスに集中していることを明らかにした上で、資本主義批判のうちに内的に「性関係」の主題が含まれていることを確認した。そこで問題となるのは、男性的幻想の構造に入る限りで存在するとされる「女性」という、相関に囚われた性関係である。こうした問題へのラカンの応答は、その後、享楽の女性論理の考察へと発展するものであるが、本研究は、さらに同時代的にこの論点がリオタールを経てドゥルーズ&ガタリへと連続していることを確認した。 第二に、フロイトの精神神経症論の再検討を行い、哲学的情動論との関係におけるその位置づけを明確化する研究の一部を実施した。ここでは特に1910年代にフロイトが行った転移神経症とナルシス神経症の区別の内実を検討した上で、前者のモデルが情動を表象秩序の余剰と捉えるのに対して、後者においては情動を身体における切断的痛みとして捉える別モデルへの転回があることを明らかにした。 以上の二つの研究を通じて、精神分析において情動が問題化される際の二つの次元の区別の必要が明確化された。 最後に、美学領域への応用的研究として、アール・ブリュットの批評的基盤についての考察を実施した。特にハンス・プリンツホルンに依拠しつつ、表象された作品ではなく、創造プロセスにおいて作動する欲動的運動と表現のあいだの関係に着目する必要を明らかにした。さらにここに生じるコミュニケーションという契機の問題を、J.ランシエールの現代芸術論と接続して検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ラカン、フロイトを通底する精神分析的情動概念の二重の配置を解明したことで、近現代哲学史との対応関係をいっそう明確にする準備が整った。哲学史との具体的な接続という課題にも、既に一部、着手することができ、研究の完成に向けて大きく見通しが開けた。さらに制度的観点に関しても、精神医療ケアとメディア環境の両方における現代的変化に関係するアール・ブリュットという領域に着目したことは、現代社会の情動の意義を理解する上で大きな前進となった。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる2020年度には、精神分析的情動論の総括を、二つの点から実施する。 第一には、精神分析と哲学の具体的接続のために、現代フランス哲学のみならず、さらに「思弁的実在論」の議論にも着目して、現代的「情動」概念のより細かな分節化を実現する。 また第二に、20世紀から現代にかけての社会制度論について、これまで検討してきた政治・美学・精神医療についての分析を基礎に総括的な考察を実施し、それによってケアとショックを二重に抱え込んだ現代社会のあり方を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の枠内にて計画していたパリ出張が本年度には日程の都合により実現できなかったために次年度使用額が発生した。次年度には、渡航可能性次第であるが状況が許せば、次年度の旅費予算の一部と合わせてパリへの資料調査のために使用する。
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