最終年度では、バンヴェニストの「話す」という行為の担い手となる主辞/話し手の概念について、それが「話す」行為の多面性と結びつきつつどのような側面を見せているのかについて主に考察し、その結果を論文や講演の形で発表した。具体的には、バンヴェニストの言語思想における「話す」行為を取る主辞=主体には、少なくとも5つの相貌が観察できる。1)語りに個別化できる顔がない場合: 非人称/集団/神由来の語り、2)言語構造が持ちうる主辞傾性(語る行為の前に主辞が取る姿勢)、3)(精神分析の)患者という顔、4)言語という主体/あるいは言語が語る、5)話し手が語る --- このような複数の観点から、「話す」行為とそれが取り得る主辞との関係性を探究した。 資料調査の面で、最終年度とりわけ成果があったのは、バンヴェニストの言語思想が「哲学思想」と「精神分析」から受けた影響を草稿資料等から引き出し得たことで、特に精神分析家ラカンとバンヴェニストの交流については、詳しく論じたものを発表する予定である。またサルトルやハイデッガーに関する草稿メモも、今回の調査で明らかにすることができた。この哲学的影響に関しては、2023年度以降にパリの研究者と共同執筆で論考を発表する計画を立てている。 研究期間全体を通じて、コロナ禍による調査出張の中断などの期間があったにせよ、資料調査面では新しい発見が幾つもあり、「話す」という行為が持ちうる様々な側面と、側面間の関係の機微が徐々に明らかになってきたと考える。これら全てを一望したときに「話す」行為がどのように現れるのか、更に検討を重ねて著作の形でまとめていきたい。
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