本研究は、18世紀半ばまでほぼイタリア・オペラ寡占状態だったとされてきたドイツ諸都市において、ドイツ語オペラがどのように確立・受容されていったかを上演史から読み解くものである。2022年度は、2022年12月18日に開催した「<グルック・シンポジウム>:オペラ《オルフェーオとエウリディーチェ》とその周辺」に企画者・パネリストとして参加し、「グルック《オルフェーオとエウリディーチェ》のドイツ上演をめぐって」と題した研究発表をおこなった。1762年に初演された《オルフェーオとエウリディーチェ》後、ウィーンを除く最初のドイツ語圏での上演が1773年のミュンヘン上演であった。これはドイツ語ではなくイタリア語上演であったが、登場人物やアリアの分担の平準化など「改革オペラ」の体裁がそぎ落とされ宮廷オペラへの回帰が見られた。また、それらの変化の一部は、パスティッチョであることから従来議論の俎上に乗りにくかった1770年のロンドン上演から引き継がれていることがロンドン上演を扱ったパネリストの発表との連携で明らかになった。このようなレパートリーの移動による作品の変化を知るには、グルック自身の改訂でない上演を検討することも重要で、作品中心の視点から演奏実態を重視する視点へとシフトさせることが必要であることが示された。この例は言語が変更されていないが、この時代のオペラを検証する上での新たな視点を提示できたものと考える。研究期間を通して、ドレスデン、ベルリン、ウィーンと3つの都市のオペラ上演の変遷を、言語を軸にして見てきた本研究は、最終年度にミュンヘンという新たな拠点都市を見出したことにより、さらなる発展性を得た。ミュンヘンの上演実態の解明とこれまでみてきた3都市との関係性を今後はみていきたい。
|