この研究は、文化伝承の「中央」から「地方」への伝播、「地方」への定着と維持、「地方」の独自性の創出の問題を、宮廷芸能の雅楽を例に考察するもののである。雅楽は天皇儀礼と深く結びつき、幕末までは関西、明治以降は東京を中心として伝承されて来たため、従来の音楽史研究も「中央」の雅楽を対象とするものが大多数である。しかし全国にはいずれかの時期に 「中央」から伝承が伝播し、現在までその伝承を保っている地域が多数ある。本研究は、尾張、美濃、三河の雅楽に注目し、「地方 」の雅楽がいかなる経緯で「中央」から伝播・定着し、地域の特性や 歴史的背景を反映しつつ、その伝承や社会的意義を継続 、あるいは変化させてきた(いる)のかを、歴史的史料と関係者への聞き取り調査によって検証した。 具体的には、熱田神社(御田神社)祈年祭、真清田神社神楽始め、舞楽神事、津島神社太太講神楽、祈年祭・春縣祭、天王祭、秋祭り、不破郡垂井町の南宮大社の例大祭、西尾市養壽寺の涅槃会管絃講などを調査した。その結果、年間を通じて行われる各種年中行事の芸能には、江戸時代以前から続くものと、明治以降に導入された中央のもの(たとえば宮内省の御神楽)が重層的に重なり、伝承されている実態が見えてきた。そこには、在来のものが中央のものに駆逐されたものの復活している事例もある。また、催馬楽「桜人」の復活と名古屋市無形文化財への指定の事例が端的に示すように、名古屋市、稲沢市、西尾市、岡崎市の事例では、中央の雅楽の導入、復活、再解釈(再創造)において、ご当地アイテムを積極的に創出する動きが見られた。また、調査の過程で、桑名市、四日市市で雅楽関係資料(いずれも江戸時代のもの)が見つかり、尾張、美濃と伊勢地方の雅楽の歴史的つながりが確認できた。 また、最終年度にシンポジウムを開催し、尾張、三河在住の研究者、実践者との交流、情報共有を行なった。
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