本研究の目的はアルゼンチン=ユダヤ音楽家による、現実社会とメディア上での音楽活動を追うことで、彼(女)らが、音楽を通して様々な差異を乗り越えていく様を民族誌的に分析・考察し、「メディアスポラ」という概念を理論化することである。 今年度は、イスラエルにおけるアルゼンチン・ユダヤ音楽家の活動、及びアルゼンチン・ユダヤ・コミュニティの調査を予定していたのだが、ガザ紛争という政治的理由と安全上の理由から渡航が不可能になるという事態が起きた。オンラインによる調査によると、同地のアルゼンチン=ユダヤ音楽家のなかには、「終の棲家」とまで考えていた「ホーム」であるイスラエルに対する考え方に対して、徐々に変化がみられている。 上記の理由から、オンラインやソーシャルメディアを利用して、音楽家たちがどのように帰属、接続、分離を表しているのかという点に着目し、ハイブリッド・フィールドワーク及び、インタビューを行った。イスラエル・ガザ戦争直後には、ソーシャルメディアを通して「平和」や襲撃に関するメッセージの音声ファイルを連鎖的にシェアしていくことで、オンライン上での共同体意識やネットワークの構築が見られた。紛争後もアルゼンチンとイスラエルという2つのホームの間を物理的に往来し、イスラエルで音楽創作活動を自宅で続けている音楽家もいれば、イスラエルを離れより安全で経済的にも安定しているスペインを新たなホームとして移住を計画している者もいることが、現段階の調査で明らかになっている。
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