研究課題/領域番号 |
18K00138
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
横山 千晶 慶應義塾大学, 法学部(日吉), 教授 (60220571)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 労働者大学 / ジョン・ラスキン / モリス商会 / 大学拡張運動 / トインビー・ホール / ホワイトチャペル・アート・ギャラリー |
研究実績の概要 |
本年度の研究は、研究実施計画に沿って、以下の3つのテーマを中心に進めた。1)労働者大学での芸術教育とモリス商会の関係を、個々の職人たちの調査から明らかにする 2)労働者大学の芸術教育を構築したジョン・ラスキンが、大学拡張運動に与えた影響について調査する 3)トインビー・ホールが位置するイーストエンドでの芸術教育について調査する 1)については、昨年度の調査の継続となる。今回はモリス商会の職人たちに焦点を絞って調査した。その結果、名前の明らかになっている6名の職人の4名までもが、実際に労働者大学にて素描を学んでおり、彼らは商会に勤務している間も労働者大学に籍を置き続けていたことが判明した。ここから芸術教育とデザインの現場との密な関係が明らかとなった。 2)については、ジョン・ラスキンの芸術教育論が、大学拡張運動の中では、労働者大学での実践教育から、「教養」の視点に重心を移して、歴史と文学の教育に対して大きな影響を与えていることが明らかになった。 3)に関しては、トインビー・ホールの芸術教育の一翼を担ったホワイトチャペル・アート・ギャラリーで1914年に開催された「20世紀の芸術展」に焦点を絞り、イーストエンドの芸術家たちがいかにヨーロッパの芸術の動きに敏感に反応し、新たな芸術観をイギリスに持ち込んだのかについて探るとともに、その動向を支えたギャラリーの館長の教育指針を追った。その中には、前世紀のラスキンたちの芸術論が息づいていることが証明された。 特に1)と3)に関しては、当時の資料を調べることで、既存の研究では言及されてこなかったり、誤解されてきた多くの事実を明らかにすることができた。2019年はジョン・ラスキン生誕200周年に当たり、国内外で多くの学会やシンポジウムが開催されたため、これらの成果の発表の機会が存分に与えられ、他の研究者たちとの意見交換が可能となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画で2年目に予定していた大学拡張運動における芸術教育の内容については、実際に大学拡張運動の機関誌や、かかわった人たちの著作につぶさに当たることで、教育内容の実態を知ることができた。その結果、ジョン・ラスキンの芸術論のどのような点に大学拡張運動のカリキュラムが影響を受け、具体的に教育の中に反映していったのかを詳しく知ることができた。また、大学拡張運動の始祖とされるジェイムズ・スチュアートは、運動を開始する前に、ラスキンの芸術教育のボランタリー精神に大きく影響を受けたことを書き記している。この事実も大学拡張運動と労働者大学、およびラスキンの教育論の関係性を物語っていることがわかった。 ただし、研究計画2年次で予定していた、トインビー・ホールの芸術教育に関しては、まだ調査が十分ではないことを認めなくてはならない。本年度はトインビー・ホールの芸術教育の内容よりも、トインビー・ホールやロンドンのイーストエンドでの芸術教育から育った若いユダヤ系の芸術家たちが、どのようにイングランドの現代芸術をけん引するに至ったのかを、ホワイトチャペル・アート・ギャラリーの館長、ギルバート・A・ラムゼイの教育理念から跡付けた。しかし、若い芸術家たちに影響を与えたであろうトインビー・ホールの芸術教育については、リサーチがまだ必要である。この部分は2020年度の課題として、引き続き調査を続けたい。
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今後の研究の推進方策 |
まず、2019年度の研究課題であった、大学拡張運動とトインビー・ホールの芸術教育についてさらに詳しくカリキュラムを調べることで、イーストエンドを中心とするモダンアートの興隆への軌跡を跡付けたい。その上で、3年目の研究課題に取り組む予定である。ここでは再び労働者大学の芸術教育に戻り、今回は学生たちではなく、教員となったラファエル前派関係の芸術家たちに焦点を据える。教えることが芸術家たちにどのような影響を与え、そのことが、芸術活動にいかなる影響を与えたのかを調査する予定である。同時に2019年度に労働者大学とモリス商会の関係の調査を進めるうちに、商会の職人のみならず、ラファエル前派のメンバーやモリス商会の設立メンバーのデザイナーも労働者大学の素描クラスに短期間ながら在籍していたことがわかっており、その点からも、アーティストやデザイナーたちの創作活動に与えた教育の影響を調査していく。今回の調査場所は、ケンブリッジ大学、労働者大学、トインビー・ホール、およびホワイトチャペル・アート・ギャラリーを予定している。 同時に、学会発表のみならず、2019年度と2020年度の研究成果を論文として発表していく。
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